カテゴリー別アーカイブ: UTMB2013

2013年のウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)完走記です

動画集が完成しました!「マラソン中毒者(ジャンキー) in UTMB」

 

2013年に初出場&完走したUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の動画集が完成しました!

走りながら自撮りした映像を中心に、

サポート頂いた中尾さん小柴さんファミリーによる映像を加え

小柴さんにて全力編集いただいたものです。

2〜3分 × 全7本ですので、よろしければ是非御覧ください。

最後は、改めて見ても感動がよみがえります。

 

その壱「スタート前の選手登録」

 

その弐「Chamonixスタート~Les Contamines」

 

その参「真夜中の山中~Lac Combal~Courmayeur」

 

その四「最大のエイドCourmayeurでひと休み」

 

その五「イタリア側大渓谷~Grand Col Ferret~Champex-Lac」

 

その六「Chmpex Lac~Trient・2日目の夜」

 

その七「Chamonixフィニッシュ/UTMF2014」

 

いかがだったでしょうか?

そして、2014年のUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)にて、

今度は

「自撮りしながら、たまにライブもしながら、最後尾ゾーンのランナーをインタビューしながら、全コース走る」

というアホなテーマを頂き、走りました。

その映像も入っている

UTFM2014の公式DVDはコチラから販売中です。

 

ブログ:UTMBの完走記はこちらからご覧ください。

 

UTMB完走記 1:山道をマラソン? 危ないジャン(´・д・`)?

 

リュックサックに、水筒とオヤツを詰めこんで

山に向かって「ヨーロレイヒー」と叫びながら

楽しく草原を駆け巡る。

 

紛れも無く、ピクニックの風景そのものだ。

 

これから語られるのは、

ヨーロッパ最高峰のモンブランを舞台にした、

UTMB (ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)という

ちょっち長い、ピクニックのお話。

 

モンブランの周りの山道をぐるっと168km、

フランス、イタリア、スイスの3つの国をまたぎながら

37時間半もの間、2晩寝ずに駆け巡った。そんな、お話。

 

~~~~~~~~

「ゆーてぃーえむびー?(´・ω・`) モンブラン? 美味しいの?」

4年前にランニングをはじめて数カ月後たったある日、

初めて「トレイル・ランニング」という単語に遭遇した。

 

それまで35年間運動ゼロだった僕が、フルマラソンも2~3度完走し

「マラソンだったら、オジサンに何でも聞いてみ(`・ω・´)」

と勘違いしていた時だった。

 

 

「は(;・∀・)?? 『 とれいるらんにんぐ?』

山道をマラソンすんの? なにそれ、危ないじゃん(´・ω・`)」

 

ランを初めて6ヶ月後に初チャレンジしたトレイルレースは

アタマを木に打つわ、道に迷うわ、岩につまづきコケるわ、ヒザが大笑いしてガクガクになるわで

「なにこれ、普通のマラソンと段違いにキツいじゃん(´・ω・`)」な連続。

 

でも、さんざん苦しい思いをして坂道を登ったあとの、

一気に坂道を駆け下りるスリルと爽快感にすっかり病みつきになってしまった。

岩やら木の根やらまみれの足場に常に目を配りながら

一瞬で数歩先の足場まで判断しながら、文字通り転げ落ちるように駆け抜けるのだ。

全体重を預けたハズの岩が不安定で、カラダごと吹っ飛びそうになっても

瞬時に空中でバランスを取り直し、なんとか体勢を立て直し

踊るようにして坂道を下っていく。

 

その瞬間の

「ヤベ、オレ、ひょっとしてチョ~カッコいいんでね(;・∀・)?」

感たるや半端ない。

たまに、着地に失敗して、大コケした時のカッコ悪さと

イタさも、さらに半端ない。

 

そんな「トレイルランニング」という業界の、

世界最高の舞台とも言われるのが、

「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」

略してUTMBというらしい。

 

「モンブラン」って、Mont.Blanc

つまり、英語で言うなら

マウント・ブラン。Mt.Blanc。

なーるね、フランス語ね。シルブプレね。

「マウント・モンブラン」

とか、間違っても言っちゃダメね。ゼッタイ(;・∀・)。

 

トレイルを初体験し、初めて「UTMB」の単語を耳にした時の僕といえば、

せいぜい、そんなレベルでしか無かったのだ。
「UTMB?? ウルトラってくらいだから、

なんだかヤバそうなレースだね(; ・`д・´)」

聞くに、「いわゆる、100マイルレース」だそうな。

「いわゆる」って……

そもそもマイルって、何キロなのさ?
ん、1マイル=1.6キロ??

ひゃ、100マイルって、160km(´・д・`)……

 

 

先生、イミがわかりません(;・∀・)。

 

 

トレイルレースの難易度は、

その距離以上に

「累積標高差」がポイントだという。

 

通常のロード(舗装路)を走るレースと違い、

山道を走るので、登りもあれば下りもある。

「レース中、累積でどれだけの標高差を登るのか

それが、「累積標高差」。

同じ距離のレースであっても、累計標高差が大きいほうが難易度も高くなる。

 

 

日本で一番有名なトレイルレースは、

「ハセツネ」と呼ばれるレース。

世界的に有名な登山家でありながら、雪崩で帰らぬ人となった

長谷川恒男さんの名前を冠した

「日本山岳耐久レース」。

その愛称が「ハセツネCUP」である。

 

制限時間24時間で、約72kmの道のりを

「生き抜いて、帰ってくる」

レース。

 

そのハセツネの累計標高差が、約4600mだそうだ。

72kmもの距離を走るだけでもタフなのだが、

その間、累計で4600m登って、4600m下るのだ

※一般的な富士山登山(5合目〜山頂)は、累積標高が約1500〜1600mほど。

 

 

世界は、広い。

ハセツネの距離も累積標高差も2倍以上あるような

100マイルトレイルレースが

世の中にはゴロゴロ存在しているらしい。

その中でも世界中のランナーが憧れるのが、

UTMBだという。

そんなバケモノみたいな話を聞いた時には

まるでオリンピックの話を聞いているような

「周りから眺めている、一観客」

でしかなかったのだが……

つづく

UTMB完走記 2:ポイント、抽選、北極南極

 

UTMB。ウルトラトレイル・デュ・モンブラン。

この長いピクニックに旅立つまで、

実に3年もの月日を遡らねばならない。

 

UTMBは、誰もが出られるレースではない。

 

UTMB大会側が

世界中の一定以上の距離と累積獲得標高を備えたトレイルレースに対し

「このレースを完走したら、何ポイント」

と独自にポイントを設定している。

 

UTMBの人気が増し、参加希望者が増えるごとに、

「UTMB参加に必要なポイント数」も増えているそうだ。

 

2009年にランを始めばかりながら、

2011年に、ゴビ砂漠とサハラ砂漠の

二つの「砂漠250kmマラソン」を完走してしまった僕は

初のハセツネも制したことも加え、少し調子に乗っていた。

 

「2012年の最大のレースには、UTMBを選んでやろう」

 

2012年のUTMBエントリーには

「直近2年間の3つのレースで、計7ポイントが必要」

 

当時、

日本で最も厳しいと言われていたトレイルレースである

ハセツネでさえ、2ポイントしかもらえない。

 

そもそも、日本でUTMBのポイトンが獲得できるレース自体が

片手で数えるほどしか存在しないのだ。

 

2011年に初出場したハセツネで得た2ポイントに加え

ゴビ、サハラ2つの砂漠250kmマラソン完走で、それぞれ3ポイント獲得。

「これで計、8ポイントだ。 UTMB、イケるぞ!」

 

基本フランス語のUTMBのwebサイトで、

英語ページもあるものの何だかよくワカラナイながらも

いつもどおり、酔った勢いで

2011年末に、UTMBのエントリーをネットでポチり

 

しかし、世の中は甘くない。

参加資格に必要なポイントを持ってエントリーしても、

さらに抽選をくぐり抜けなくてはならないのだ。

 

 

結果、ボクは2012年のUTMBに落選してしまった。

 

2012年始、UTMB落選のメールを受け取りやさぐれた勢いで、

悔しさのあまり、思わず北極マラソンをエントリーし、

結果的に2012年は、北極南極に走りに行くハメになった訳だ。

 

でもUTMBの有り難いことは、

「抽選に漏れても、翌年への参加資格が自動的でもらえる」こと。

 

「2013年こそ、UTMBに参加できるぞ! 」

2011年中をかけてポイントを獲得し参加資格を得てから

ようやく2013年8月、UTMBの舞台に立てることになったのだ。

まさか、北極と南極を寄り道するハメになるとは思ってもなかったが……

つづく

UTMB完走記 3:UTMF 〜 ラン人生にピリオドを

 

2012年。

日本にもの初めての100マイルトレイルレースが誕生する。

 

ウルトラトレイル・マウントフジ、UTMF

である。

 

まだ日本でUTMBの存在など、まるで知られてなかった時代から

日本人選手として参加し、毎回表彰台に立つ素晴らしいランナーである

鏑木さんが、長い年月をかけて実現した

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン、UTMBの姉妹大会である。

 

そのUTMFは

富士山のまわりの山道を、ぐるっと1周156km

累積標高差は8,530m

制限時間は48時間

 

2晩連続で寝ないで160km近く走るのだけでもイミわかんないのに、

トータルで、登りだけで8,530mって……( ;∀;)

でも本家のUTMB目指すんだから、

姉妹分のUTMFはサクッと完走しなきゃね(;´∀`)」

 

ということで、運よく2012年のUTMFに参加する予定だったボクは

あろうことか、UTMFのたった2週間前に

250kmを48時間かけて、二晩寝ずにロード(+少しの山道)を走る

「萩往還100マラニック」

に参加し、完走していたのだった。

 

萩往還は、その長い距離以上にツラいのが

睡魔との闘い。

一晩目に一睡もせずに夜を超えるまでは

なんとか集中力で眠気も吹っ飛ばせるのだが、

二度目の闇が訪れてからは、

ゴールへの強い意思も、応援の声も、

めっさ濃いコーヒーすらも、

全てが睡魔に吹っ飛ばされる

 

眠くなり、身体がいうことが効かなくなり

走れなくなることで身体が冷え、

そこに風雨が重なると

 

「ボク、もう何だか疲れちったよ、パトラッシュ(´・д・`)」

状態に引きずり込まれる。

 

その反省を活かして、

とはいえ2週間しか間があかずに迎えたUTMFは

コテンパンに打ちのめされたレースだった。

 

ドが付くポジティブな自分が、

UTMFレース中のあまりのツラさに

何度も舌打ちをし、ため息を漏らしながら

 

「もしこのレースを終えることができたら、

ラン人生にピリオドを打ってすらいい」

 

と打ちのめされながら、

最後に猛烈ダッシュで復活し、

なんとか33時間55分でゴールに辿り着いた。

 

レース後

白髪がどっと増えている、鏡に映る自分を見た時の衝撃は忘れない(`・ω・´)

 

 

アレ(・・???

そういや、なんでオレまだ、ラン人生続けてるんだっけか(;・∀・)?

 

 

ま、いっか(;´∀`)。

完走後のビール、美味しいし。

 

そう、そんなUTMFの親玉がUTMBなのだ。

UTMBでは一体、どうなるというのだ。

アタマ、真っ白けになっちゃうんじゃないか。

 

とはいえ、UTMFだってやれたんだ。

「もうダメだ」と泣きそうになっても

耐え続けていれば、身体のどこからか

信じられないようなパワーが沸き上がってくる瞬間があるのだ。

 

そんな体験を、これまでのタフなレースで何度も経験しているじゃないか。

 

そうだ、UTMBだって、きっとそんな連続を何度も乗り越えることになるのだろう。

オッカナイよ(; ・`д・´)!!

つづく

UTMB完走記 4:激しく、ボタンを掛け違えたゾ?

 

「人生のボタンを掛け違える瞬間」

という体験をお持ちだろうか?

 

それが何度か続くと、

トンデモない明々後日の方角へと脱線してしまっている事がある。

 

 

「小野クン、UTMBさ、ビデオカメラ持ちながら、自分撮りながら走ってみない?」

 

ナ, ナンダッテー(;・∀・)!??

 

なぜだか、UTMFを主催する「富士トレイルランナーズ倶楽部」の中尾さんから、

ある日、そんな意味不明なメッセージが届いたのだった。

 

 

~~~~~~~

元はといえば、ランの楽しさや感動をいろんな人に共有してもらいたい想いで

(あと、少しでもキャアキャア言われたい一心で)

「フルマラソンをコスプレして走りながら、

その様子を自分で撮影しレポートもしながら、ネット中継」

をしていた事がキッカケだ。

 

そんな事を何度かしていたら

2013年、2度目となるUTMFでは

選手ではなく、

「ビデオカメラを持って、10kgある発信機を背負いながら

トップ選手たちを走ってライブ中継しながら追いかける」

オフィシャル「ライブカメラマン」をやる事が決まっていたのだ。

 

2013年のUTMFは、抽選に落っこちてしまったため

悔しさのあまり

「東京から新潟までの520kmを6日間で走る」

という「川の道フットレース」という大会に間違ってエントリーしてしまっていた。

 

その「川の道」の、たった3日前がUTMFだというのに

「今年のUTMFでは、オフィシャルのライブカメラマンを募集」という話を聞きつけ

興味本位で富士トレイルランナーズ倶楽部の中尾さんが主催する会に遊びに行ってみたのだ。

 

プロも含め、たくさんの屈強なランナーが集まる大きな会場で、

あのタフなUTMFを寝ずに走って撮影するという恐ろしい説明を聞きながら

ひとり、また1人と肩を落としながらうつむいて説明会場を後にしていく。

 

そんな風景を後ろから「怖いもの見たさ」で覗きに行ったハズだった……

 

 

ビックリするほどこじんまりした

喫茶室ルノアールの貸し会議室を覗いてみると、中尾さんが

「あー、小野くんお久しぶり。そこにある紙、順番に取ってってねー」

とにこやかに声をかけてくる。

 

ん? 何だ?このタイムテーブルは。

 

よく見ると、「Live1」という欄に

「小野」という名前が並んでる。

 

「えーーっと、中尾さん。これって、まさかと思うんですが、ボクの事でしょうか…(´・ω・`)?」

「そうだよー。今年初めてのライブカメラマン。2人しかいない1人だから、頑張ってね~」

 

ちょっと覗きに来ただけで、まだやるとも何とも言ってないのだが、

すでにタイムテーブルに自分の名前が加わってしまっているではないか(´;ω;`)ウッ…

 

聞けば

「ライブカメラマンは、録画と違って、常に流し続ける必要がある。

トップ選手たちが来るまで待つ間、ひたすら周囲をレポートし続けしゃべり続けなければならない。」

フルマラソンをしながら、自分で勝手にしゃべり続けながらネット中継をする僕の話を聞きつけ

「ちょうどイイ」と思われたらしい。

 

しかも、ライブカメラマンは

5回線分のデータ通信を使って、

リアルタイムに動画を流せる機器を常に背負いながら走る必要がある。
(通常のランニングカメラマンは、録画専用なので、カメラだけを持て走れば良い)

その発信機器は、バッテリーも含めて10kgはくだらない重さになる。

 

「砂漠250km、1週間分の荷物10kgとか背負って走ったんでしょ。ちょうどイイじゃない」

 

そんな訳で、川の道520kmわずか3日前は、

世界中のトップ選手を、10kgの荷物を背負いながら山道を走りながら、

ひたすら夜中じゅうもしゃべり続けながら、UTMF初のライブ中継をし続けたのだった。

(その様子は、UTMF2013の公式DVDにも収録されています。

アタマに富士山のぬいぐるみを括りつけ、喋りながらカメラを持って走っているのがボクです)

 

トップの選手を撮すために、車で先回りしてポイントを待ち構えるのだが

あまりに待ち時間が長い時でも、

いつくるか分からない選手を待ちつつカメラを回し続ける必要がある。

 

常にネットで映像が流れてしまう以上、間を埋めるためにも、

エイドのスタッフや応援に来た人にインタビューしつくし

遂にはカメラマン本人である自分自身を映しながら

ひたすらカメラに向かって喋べって映像を流し続けた。

 

中尾さん曰く、その様子が「なかなか好評で面白かったよ」。

 

「だから、今度はモンブランでもやってみない?

UTMB走りながら、レポートしながら自分撮り。」

 

 

えーっと、さすがにUTMBはこれまでにないタフさだろうからナー…

記録も狙いたいから、ビデオ担いで走ると、突っ込んで走れなくなっちゃうしナー(´・ω・`)…

 

よし、決まった。

 

 

「や、やりましょう( ;∀;)!」

つづく

UTMB完走記 5:トレーニング編 〜 山錬6連発からの、仕上げのコロラド

 

初めてボクのブログを読む方ならば、

そろそろ苛立ちが隠せなくなる頃だろう。

 

オレ、UTMBの話聞きに来たんだYO!

いつ、UTMBスタートすんだよヽ(`Д´)ノ!

 

ボクのブログを何度かご覧頂いている方ならお分かりと思うが、

ボクのブログの特徴は

レースそのものよりも、レースまでが長いのだ。

 

だって、UTMBのレースだって、せいぜい46時間がマックスだけど

そこにいたるまでの準備や練習の日々の、なんと長いことか。

 

ということで、今回は、UTMBに向けてのトレーニング編。

 

UTMBを自分撮りして走る以上、

ゼッタイにリタイアなど許されない。

しかも、足掛け3年かけて辿り着いた世界の舞台だ。

「カメラを持ちながら走るから」なんて言い訳なんて言いたくない。

できれば、記録も狙いたい。

そんな想いから、UTMBに向けてトレーニングも上げていった。
5月は、川の道520kmを加え月間600km以上走った。

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川の道520km、ラストスパートのシーン。詳しくは完走記を。

 

6月は、ダイコンのコスプレをして3本の100kmマラソンをするあいまに

トライアスロンのロング(スイム3.8km+バイク180km+ラン42.2km)を完走し、

月間500km以上走った。

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柴又100kmマラソンを、ダイコンと愉快な仲間たちと。

7月は、毎週欠かさず山にトレーニングしにいき、月間トレイル200kmを含む500km以上走った。
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雪の立山にトレーニングに行ったり

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親友の信ちゃんと、UTMF最難所の天子山塊を往復したり

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ハセツネのコースを攻めて大コケして捻挫しながらも40km走ったり(´・д・`)…

 


8月に入っても、平日は坂道ダッシュを繰り返しつつトレーニングを重ね

極めつけは、UTMB2週間前に

間違って、ポチってしまっていた

コロラドの100マイルトレイルレース「LeadVille100」。
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NY在住の高校後輩のアヤロちゃんと。

エントリーしてから知ったのだが、

距離160km、累積標高差5,450mで、制限時間は30時間しかない。

しかも、一番低い場所で2,700m、最高所は3,800mと高所レースである。

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コースの高低表。

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こんな素晴らしいコースを走れるのだが……
7月から6週連続で山道トレーニングを重ね、

7週目のダメ押し仕上げが、コロラドのこのLeadVilleだった。
結果は……

 

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人生初の「関門リタイア」
補給に失敗し、エネルギー切れになった所に

4000m近い高所からか吐き気が止まらず

完全にハンガーノックに見舞われてしまった。

真夜中、真っ暗な山道を、

時にうずくまりつつ、寒さに凍えフラフラと歩いて

最後は車に収容されてリタイア。

UTMBを2週間後に控え、

満を持して勢いをつけるはずの大会で、

心身ともに、打ちのめされてしまった。

しかも、レース直後から寒気と高熱で寝込んでしまい

結局4日間、38℃より体温が下がらず、肺炎寸前の気管支炎で寝込み続けるハメに。
そのLeadVilleと、UTMBの間の週末は

「故郷の札幌に錦を飾りに、楽しくダイコンのコスプレしながら北海道マラソン」

を予定していたのだが、LeadVilleから1週間後でも

立って歩くのもフラつくレベルで、やむなくキャンセル。

(まぁ、UTMBの1週間前にコスプレマラソンしようっつーのも、

とんんだスケジュールのケアレスミスなんだが(´・д・`)…)
5-7月と連続で月500-600kmを走り続け、

自身のラン人生でも最も濃いトレーニングを重ね

自信に満ちて迎えるハズのUTMBが、

LeadVilleリタイアの精神的ダメージと

ゲホゲホ止まらない咳を抱えたまま迎えることになってしまったのだ。
また、レース中に吐き気が止まらずエネルギー切れを起こしたらどうしよう。

昨年のUTMBのように、雪で凍える悪天候になったらどうしよう。
アタカマ砂漠でチーム世界一を目指した時に

「1人で勝手に考えすぎ」な理由で痛みを感じた左の後頭部が

UTMBの数日前から常にズキズキと止まらなくなるほどに

いつものニヤケ顔(・∀・)に似つかわしくない程に、

ココロはプレッシャーを感じてしまっていた。

「打ちのめされたり、ココロがオレてしまっても、

必ず復活する時はやってくる」

 

これまでの数多くのレースで、そう実感していたものの

この時ばかりは、

「もう、キモチもカラダも戻らないのじゃないか……」

とまで、追い込まれ、落ち込んでしまっていた。

 

誰だって、もう、戻れないんじゃないかとまで落ちてしまう事だって、あるのだ。

 

そうして、迎えたのが、UTMBだったのだ。

 

つづく

UTMB完走記 6:装備編 〜 南極+ウサギ

 

連戦続きだったとはいえ、

コースマップもアタマに叩きこみ

十分に準備をして臨みながらもリタイアに終わったコロラド。

しかも、寒さで気管支炎になるレベルだった。

準備は、し過ぎて困ることはない。

UTMBに向けては、南極100kmマラソンで着た防寒着に加え、

更にウェアを何枚も加える。

コロラドでは、寒さだけではなく、エネルギー切れも大きな問題だった。

UTMBでは、どれだけ固形食が胃を通らなくなっても、

飲むだけで補給ができるエナジージェルを大量に用意し

更に飲みやすいよう、スポーツドリンクをブレンド。

さらにレース後半用のエナジージェルは、たっぷりとカフェインを配合し

睡魔対策もバッチリだ。

この1ヶ月間、ずっとカフェイン断ちもしてきた。

カフェインを日常に摂取していると、カラダがカフェインに慣れてしまい

レース中いざというときにカフェインの睡魔防止効果が発揮されないのだ

自分撮り用のビデオカメラのバッテリーも、

10個も発注してしまったものの、

出発前に6つしか配送が間に合わず、それも全て準備完了。

そんなふうにして揃った装備が、これだ。

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でも、何かが、足りない。

何だか、マジメすぎるぞ(´・д・`)……

自分を真剣に追い込みすぎていて、余裕が感じられないゾ……。

そんな中、パンパンに膨らんだトランクに、

思わず押し込んだのがコレだIMG_7821

萩往還250kmやら、川の道520kmやら

かれこれ1000km以上も一緒に走ってきたウサちゃん帽子だ。

もし、体調がバッチリならば、

ゴール間際だけでも、コイツとゴールしようじゃないか。

 

つづく

UTMB完走記 7:いざ、シャモニーへ

 

いざUTMBの舞台、フランスのシャモニー・モンブランへ。

出発の朝は、睡眠時間4時間ほどで、

ズキズキと痛むアタマで朝4時に目覚めてしまった。

いいのだ。

時差もあろうが、結局2晩寝ずに走るんだ。

飛行機でテキトーに眠りゃいいのだ。

隣で「モンブランって、モンブラン食べれるの(´・д・`)?」と

ムニャムニャ寝言を言うヨメを起こさぬよう、そっとフトンをかける。

完璧に準備された荷物を担ぎ

ヨメに置き手紙を残し

朝5時、成田空港へ向けそっと家を出る。

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あのモネやダ・ヴィンチすらも嫉妬したアートによる置き手紙。

 

成田からシャモニーへは20時間弱の旅程。

さぁ、いよいよ、夢の舞台へと出発だ!

 

・・・と、勇んで成田の荷物チェックに差し掛かった時に

 

(;・∀・)ハッ!

 

大事な忘れ物に気がつく。

 

高度も、気温も、気圧すらもわかるG-SHOCKを

家に大事に置き去りにしてきてしまったではないか!

 

 

成田空港の免税店を見て回るも

同じような機能の時計は4〜5万円は下らない。

 

でも、ここは大事なレースなのだ。

背に腹は代えられない。

 

と、手にした時計がコレ。
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なんと、1,980円なり(`・ω・´)ゞ。

途中、時計のメッカ、スイスを経由するのだが、

我が日本の国力をナメてもらっては困る。

なんと、「WATER RESITANT。5気圧防水」やら

「DUAL TIME」やらに加え

「毎日変わる7メロディーアラーム」

まで備えているではないか!

どうせ高度計なんか見たって

今いる標高が増えるワケじゃない。

それよりも、3日間に渡るレース中もメロディに飽きること無く楽しみが満載だ。

おまけにどうだ

デカデカと

「CONTINUOUS MISSION」と書いてある。

直訳すると「連続的な役割」。

スゲーじゃねーか。

どうやら

「オレ、止まらなで動き続けるゼ(`・ω・´)」

って事を主張したいのだろう。

腕にはめると、ビックリする位にしっくりくるではないか。

よく言ったものだ。

「いいモノは、いい主人に宿る」と(`・ω・´)。

ふと不安になって時計の裏面を見ても「MADE IN CHINA」の文字は見つからない。

それどころか、

Apple製品にカッコよく書かれている

「Designed in San Francisco. Assembled in China」
(サンフランシスコにてデザイン。中国にて組立)

さながら

「ASSEMBLED IN CHINA」

とドヤっと書いているじゃないの。

君、スゴいよ。半端ないじゃないの(;・∀・)。

モップを片手に清掃のためトイレに入って来たオバちゃんも

トイレの鏡に向かって、

腕時計を掲げてポーズしキメ顔しているボクの姿を見て

さぞかし

 

「日本、やべぇ(; ・`д・´)」

 

とビビったに違いない。

 

そうして成田を朝9時に出発し、10時間程でドイツのフランクフルトに到着。

そこで2時間程のトランジットでスイスのジュネーブへと1時間程のフライト。

 

ジュネーブの空港からは乗り合いタクシーに1時間半ほど乗り、

UTMBのスタート地点、シャモニーへと向かう。

 

通常は、高地慣れすることも考え、レースの数日前に現地入りするらしいのだが、

僕の場合は仕事の都合で、レース前夜の遅い時間に到着になってしまった。

ジュネーブ空港からシャモニーへの移動が心配だったが、

事前にネットでカンタンに乗り合いタクシーを予約できるのだ。

しかも、

前日にメールで「空港の◯◯って人が何時から待ってるゼ」と案内メールまで自動で届く。

 

ジュネーブ空港に降り立つも、集合場所は、すぐにそれとわかる。
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※予約者の名前が書いてます(ボクのHirofumi Onoも一番上にありました)
予約者の集合まで1時間ほど空港で待ち、

こんなワゴンで各ホテルまで送ってもらう。

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そうして、ジュネーブ空港から1時間半ほどにてシャモニーへ現地21時半頃到着。
ホテルに着くなり、まずは現地時間、夜の0時(日本時間朝7時)からのSkype会議。

UTMB中は、山の中のためしばらくネットも見れなくなるのだ。

しっかり、おシゴトもしなくてはネ(`・ω・´)!。

 

つづく

UTMB完走記 8:いよいよ、スタート地点へ

 

「山の天気は、変わりやすい」

どこかで耳にした事があるセリフ。

 

でも、まさにそれを実感するのがUTMBの歴史である。

この3年間、まさに「変わりやすい、山の天気」に泣かされて、

通常のルートを最後まで無事にレースを終えることができなかったという。

 

2012年は、悪天候のため、100kmへと短縮。

2011年は、同じく急遽ルート変更。

2010年は、途中で、大会が中止になってしまう。
スタートに立つことも大変ながら、

山の女神が微笑んでくれなければ、

いくら実力があってもコースを走りぬくことが許されない。

 

ところが、どうだ。

翌朝シャモニーのホテルから眺めたモンブランは

素晴らしい天気に神々しく構えているではないか。
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予報でも、どうやら天気はよさそう。

 

レースエントリー時に登録した携帯電話に、

大会から届いたSMSでも

「大会は予定通りのコースで、16時半スタート」

と案内されている。

 

さっそく、ゼッケンを受け取りに大会会場へ。

海外の選手たちは皆ガタイも良く、

みんなプロのアスリートに見えてくる。

身分証明書のパスポートを提示し受付を済ますと

必須装備の持ち物チェックがランダムに行われるらしい。
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念の為、レース用のリュックは持ってきていたが、

僕がチェックされた「ライト用の予備の電池」や「暖かい帽子」は、

中継地点用の袋に入れてホテルに置いたまま。

「ちゃんと、ホテルに装備があります

(何なら、暖かい帽子なんて、ウサちゃん帽子まで有る位(`・ω・´))」

 

と説明して、無事ゼッケンもゲット。

正直、どれがモンブランだかよくワカラナイのだが、

モンブランをバックにパチリ。
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77km地点の中間地点、クールマイヨールに唯一預けられる

ドロップバックに予備の防寒着やらエナジージェルやら

大事なウサちゃん帽子などをしまい込み、スタッフに委託する。
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これを受け取る時に、どんな状態になっているのだろう。

ホテルは交渉して11時までいれる事になったのだが、

ウェアも着込んで、全ての準備を終わらせて

16時半のスタートまで外で日向ぼっこしながら待つことに。

会場にて、他の日本人選手から

「ひょっとして、南極の小野さんですか?」と声をかけられたり

アタカマ砂漠を走った時と同じウェアを着ていた事もあり

タイの選手から「アタカマ砂漠で、チーム絆だったよね?」と話しかけられたり

草むらで寝転がってる所をコロラドのLeadVilleで一緒だった

マコトさんに「小野さん!」と見つけてもらったり

なんと世界は狭いことか。

晴天の中すばらしい姿を見せる山の景色も相まって

徐々にパワーが増してくる。

咳や不安は消えない。

また凍えて動けなくなりうずくまったり

何度もココロが折れながらも「でも、復活できるハズじゃないか」

と自分に言い聞かせながらも、それでも裏切られ、打ちのめされたり

かつて無いほど追い込まれるのだろうか。

 

どんな旅になるのだろう。

どんな自分に出会うのだろう。

けれど、とにかく、その時はやってきだのだ。

世界中から集まった選手たちや、その家族や友人、

大勢のボランティアやスタッフ

音楽と歓声と、サイコーの天気と景色に囲まれて

この舞台に立てることが、どれだけ有り難いのだろう。

3年の時を重ねて辿り着いた

夢の舞台、UTMBのスタートに足を運ぶ。

さぁ、行ってきます!
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つづく

UTMB完走記 9:山が、デカい…(´・д・`)

 

8月30日、シャモニーは16時20分。

満面の笑顔、

緊張と不安で真剣な表情、

仲間らとハグしあい完走を祈り合う姿、

世界から集まった約2300名ほどの選手たちがスタートにひしめきあう。

何言ってるかさっぱり分からないフランス語ながら、

招待選手が順に呼ばれ、ボルテージもMAXに盛り上がっていく。

いよいよビデオ撮影も開始し、カウントダウンが始まる中、

16時半、2013年ウルトラトレイル・デュ・モンブランのスタートだ。

徐々に選手たちの波が動き出し

大きなスタート/ゴールゲートを下から見上げて

一歩を踏み出す。

建物の窓という窓から、そして途切れること無く沿道から

たくさんの歓声に囲まれて、シャモニーの街を走りだす。

なんて、素晴らしい舞台なんだ。

そして、なんと素晴らしい景色なのだ。

あの大きなモンブランを、これからぐるっと巡るのだ。

感動のあまり、思わず、ぐっと胸にこみ上げてくるものがある。

スタート時の自分撮り動画↓

 

 

地名はサッパリ読めないながらも、

コースマップは事前に穴が空くほど見つめて来た。

UTMB2013コース
※自分作成のコースマップ。
– 網掛けした地名はエイド。
– 網掛けの濃さにより、薄:水分のみ、中:暖かい飲み物+軽食、濃:食事
– 「S」マークは、サポーターが入れるエイド。
– 地名の下の時間は関門時間

77km地点のクールマイヨールを境に

前半4つ、後半6つ、計10の大きな山がある。

一番小さい山でさえ、最低500mは登るのだ。

その中でも、前半、後半それぞれに1つずつ「ヤマ場」がある。

UTMB2013コース編集ver

※ 赤い◯で囲った部分が、2つのヤマ場。真ん中下部の矢印が77km地点クールマイヨール。

前半のヤマ場は44km地点、Croix du Bonhomme。

なんて呼べばいいかワカラナいが、

コース上、一番低い(標高810m)SAINT-GERVAISから

23kmで1,600mも登り続ける。

直前のエイドからは、5kmで700m以上も一気に登る。

しかも、一晩目の真夜中に差し掛かるハズだ。

そして後半のヤマ場は99km地点、Grand col Ferret。

グラン・コルフェと呼ぶらしいそいつは、

クールマイヨールを出てすぐに一山こえてから

計22kmで1,300m以上も登るのだ。

そこが、このコース上(たぶん)最も標高が高い、2,537m。

おそらくは、2日目の昼間頃に立ち向かうハズ。

不思議なもので、全体のスケールがデカいと

イロイロと勘違いが起きる。

後半のヤマ場、グラン・コルフェさえクリアすれば、

あとは小さな岡と、控えめな3つ山を超えればゴールなのだ。

「小さな岡」でも、10つ中一番小さい「500mは登る山」なんだけど(´・д・`)…

ちなみに、ハセツネで一番標高差がある箇所は約400m。

参考までに、UTMBとハセツネのコースを重ねてみてビックラこいたw

ハセツネvsUTMB
青く細い線が、ハセツネのコース高低表。
距離も、標高差も縮尺は一緒です。

もちろん、ハセツネにはハセツネのタフさがあるので単純比較はできないのだが

UTMBの「それぞれの山がいかにデカいか」が分かりやすい。

はてさて、どんなレースになるのやら!

つづく