カテゴリー別アーカイブ: 紡ぎたいコト

『Qちゃん対談』完走記:日々「全力で高みを目指す」ということ。

35年間、完全インドア派で運動ゼロの生活だった僕が

「大好きなゲームでダイエットできるんでしょ(o・ω・o)?」

という超軽いノリで、任天堂のWii Fitを始め、

Wii Fitのゲーム「バーチャルランニング」をやってみ、

せっかくなので、外を2-3kmウォーキングし、

気づいたら、5km、10km、ハーフマラソン、フルマラソン、北極フルマラソン、南極100kmマラソン、砂漠250kmチーム戦世界一、文藝春秋さんから「マラソン中毒者(ジャンキー)」刊行。。。

と、たかだか走り始めて4年ほどで

「こんなコトになっちゃうなんて(´・д・`)」な未来に遭遇できた。

 

「やっぱ、出来るかできないかワカラナイけど、ココロがときめくなら、

まずは小さな一歩でも動いてみるべし(=「ノータイムポチリ」)だよな」

 

本当に、小さな一歩が新たな思いもよらぬ展開を生み出し、信じられない未来へとつながっていくものだ。

 

そんなノリからアクションを続けていたら、

気づけばなんと、

シドニーオリンピック金メダリスト&女性アスリート初の国民栄誉賞受賞者である

高橋尚子さん(Qちゃん)との対談が実現してしまった(; ・`ω・´)!!

 

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※大阪学院大学はQちゃんの母校です。

 

話せば長いのですが、僕が大好きなコトバ「縁(えにし)」というのはホント不思議なもので

様々な縁(えにし)の中で、News23のキャスター膳場さんの紹介で

News23に出演直前のQちゃんと出会う機会があり、

一方全く別ルートにて、大阪学院大学の総長の息子でもある白井かっちゃんとの縁があり、

今回の対談の実現につながった。

 

対談が決まり、対談前に初めて直接会ったQちゃんは、

あのシドニーオリンピックでの感動のゴールシーン(僕もライブで泣いて見てました)や

いつもテレビのスポーツキャスターでのエネルギッシュかつ笑顔一杯のQちゃんとは違い

その日のNews23への出演前の打ち合わせにて

とあるアスリートへのインタビューで感じたコトへの想いと

Qちゃんが文字通りリアルに体験した「高みを目指す」苦しみと葛藤を感じさせるトークを

強烈なエネルギーで炸裂させていた。

 

「アカン(´;ω;`)。オレ、あんなスゴい方と対談なんてアカン!!」

 

幼少時代はコミュ障で登校拒否&入院レベルだったボクなりに、そこそこ喋りはできる人間になってきたツモリだったけど、

あのQちゃんの、人並み外れた体験から裏打ちされた、

かつトテツモないエネルギッシュなトーク姿を見て、対談前からビビりまくりだった。

 

「ポチっちゃったからには、やるっきゃない。

むしろ、ポチちゃったから、そこへ努力するジブンが誕生する」

 

自分自身が、そうエラそうに発信しているコトを、

まさに自分自身で試す時が来たのだ。

そして、(ボク的に)夢の実現であるQちゃんとの対談の日がやってきた。

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300名入るホールは満席&立ち見や座り見、かつ、入りきれない方は隣のホールで中継映像を観るレベル(; ・`ω・´)。

もちろん、みんなQちゃんの話しを聞きたくて来ているのであって

「対談相手のオッサンの『小野』って、ダレ(´・д・`)??」

なワケである。

 

しかーも、事前打ち合わせでQちゃんと話すと

Qちゃん、いままでいわゆる講演は基本お断りしていて、

こういった講演的な場は今までになかったとのこと(;・∀・)

 

ヤバい、オレ、ナイスプレッシャー( ;∀;)!!

 

そうして、、、90分の対談は、

会場の熱気と興奮のなか、文字通り

「アッ( ・`д・´)!!!」

という間に終了。

 

これまで僕個人としても

小さくは10名ほど〜最大500名近い方の前で50回ほど講演をさせて頂いてますが

今回のQちゃんとの対談はこれまでに無い会場の熱気とエネルギーの空気感。

そしてなにより、対談相手の自分自身が、ものすごいエネルギーをもらった場になりました。

 

ものすごいエネルギッシュな話しを沢山Qちゃんから頂けましたが(90分、足りない!!!)

勝手に要約すると

「まずは、一歩踏み出してみること」

「踏み出したからには、全力でぶっつかること」

「辛く、厳しい時こそ、差を付けられるチャンスであること」

「その『辛い時』が『(チャンスという)楽しい時』と捉えられるようになった時から、劇的に成長した」

一方、大きな目標を目指しても、今とのギャップが大きいが故に

「いやいや、とても自分なんて」というコトもQちゃんですら感じる機会があったということ。

いきなりデカい目標を見ても、現状とのギャップで尻込みしてしまったり

何をどうしていいか分からなくなりがちではあるけれど

「まずは目の前で今出来るコトに、全力でとりかかるコト」から

その先が広がっていくということ。

そして何よりQちゃんのコトバから感じたのは

なにより、

高みへと目指してみたい、強いエネルギー。

 

それがなければ、人は成長なんて、できない。

そして、日々、継続していかねば、成長は小さく終わってしまう。

積み重なっていかない。

どんなスゴい人だって、ある日突然そうなったのではなく、

地道な努力の積み重ねの先にしかなりえない。

 

そんな、とてもシンプルで大切なことを

胸をエグられるような想いで教えて頂く機会でした。

(まだまだ、学んで伝えたいことありますが!)

 

これは、アスリートに限らず

今までにない新たな事業やサービスや産業や世界を創っていこうとする

スタートアップの経営者はもちろん、

全ての「よりよき未来」を目指す人に大切な事なのだと思います。

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対談後、会場のみなさんとの写真にて

 

いやー、僕もゼロスタートで、まだまだ頑張らねば!!

今日が、有限という気持ちで、

今日一日を、全力で過ごさねば。

そして、せっかくの有限な生なのだから

より高い所を目指さねば。

 

そう、ココロを新たにした、とてもステキな時間でした。

ということで、頑張りましょう!!!

 

常に、前へ 〜 人生は未来しか残されてない

2014年が始まった。

2013年はどうだったろうか。

なかなか悪くない一年。

実に素晴らしい一年だったかも。

はたまた、悔いの残る一年かも。

でも、いずれにせよ、全て「過去の話」。

素晴らしい実績と結果を出したと感じたら、

それはそれで、いい思い出。

消し去りたい悲しく苦しい時間だったかもだが、

それはそれで、大事な思い出。

いずれにせよ

人生には、前しか、未来しか、残されていない

 

だから、ただ、ひたすら、「今」という時間を精一杯に過ごし

大いに笑い、泣き、つぎの「今」という未来へと生きていこう。

昨年は、どうだったかは、それぞれ。

でも、せっかくなので、

昨年良かった部分や昨年の反省点から、

より良くできそうな部分を最大限に伸ばして、

「昨年以上の良い年」を目指して生きたいじゃないか。

結果、どうなるのかなんて、だーれもワカランけれど、

「目指す」ことは、タダだし、誰にだってできるのだから。

ということで、今年も、精一杯、

毎日を、日々、

「これまでの、いや、今の自分にやれるハズの『180%で』」

の精神で、生きていこう。

そう、思います。

あまりに未熟なボクですので

ヨメや両親始め、沢山の方に嬉しいお叱りを頂く事はあると思いますが、

ひたすらに自省を繰り返し、さらに自分を磨きつつ

新年ならぬ新日を、毎日迎えて行こうと、

そう、想っております。

ということで、2014年。

いや、明日も、

常に、前へ。

よろしくお願い致しますm(_ _)m。

自分の「使命」〜2013年を振り返り、2014年へ

 

(いつも通り、長いです)

2013年。実にいろんな出来事が起きた。

自分の本業である、ベンチャー投資・育成については、

昨年末のブログ

「自分のための仕事」から「誰かのための仕事」 にて書いた通り

ボクが、仕事についてを書かなくなった理由。

ボクが目指す仕事が、「誰かのための仕事」である以上、

他の『誰か』が価値を感じなければ、いかに自分が「やった」と思っても、

それは単なる自己満足でしかなく、それを振りかざすのは、かえって醜い。

『誰かが、何か価値を感じた』ような成果がもし出せているとすれば、

自分で振りかざさずとも、それは自然に周囲で湧いてくるハズ。

逆にいうと、周りで何も囁かれない程度の成果だったのなら、

自分がいかに「頑張った」「苦労した」と思っても、

まだまだ大したことは無い(頑張れるハズ)なのだと、自分を戒めるようにしている。

というワケで、特に、ここでは触れない。

自分で「成果」と呼べるものなど無く、まだまだプロセスの段階なのだから。

仮に、周囲から成果と呼んで頂けるモノがあったとしても、

ボクにとっては、それは既に次の成果へのマイルストーンでしかないのだから。

 

で、本業以外のおハナシ。

2013年、プライベートでも、実に様々な体験ができた。

3月に、南米チリのアタカマ250kmマラソンにてチーム戦世界一になったり

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5月のゴールデンウィークには、東京から新潟までを5日半で520km走ったり

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8月には、ヨーロッパ最高峰モンブランをぐるっと1周、2晩寝ずに山道168km走ったり

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そんなアホなコトばかり趣味でしていたら、

文藝春秋さんから本のオファーを頂き、

「マラソン中毒者(ジャンキー)」という本を出版させて頂いたり 

マラソン中毒者_(帯付) small4
ご購入はコチラから(Amazon)

 

 

そして、10月には

ブラジルのジャングルを250km走りに行き、壮絶な体験の末、倒れてリタイアしたり

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まぁ、走りすぎでんがな(´・д・`)

 

とはいえ、このブログやボクの本を読んで頂いた方にはおなじみかもですが

たった4年前のボクは、マラソンどころか運動すら生まれて35年間ロクにしてこなかった

ただのデブのオッサンだったのです

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でも、奇しくも、いろいろな縁(えにし)で、こんなオモシロい未来に出会うことができた。

「やれるか、やれないか?」ではなく「やってみたいかどうか?」に

ココロを解き開いて、ココロのままに動いてみた。

まずは、ちっちゃくてもいいから、アクションしてみた。

そんなちっぽけな変化で、自分は、未来は、世界は

劇的に変えていけるのだ、ということに気が付かされた。

 

それに気が付かなかったとしたら、

もしくは、気づくキッカケがあっても、ココロを閉ざしていたとしたら、

ボクは、「自分の立場」とか自分の本心とは違う役割の為に、勝手に自分の未来を縛り、

自分のエネルギーを、自分が望まない方にばかり費やしてしまい、

せっかくの一度きりの人生を、

ツマラナイ時間で埋め尽くしてしまうトコロだったかも。

 

自分の未来を変えられるキッカケなんて、

実に日々、ゴロゴロ転がっているものだ。

そして、それにどうすれば、うまく乗っかれるのか。

自分の少ない体験、まだ短い人生の中ではあるけれど、

せっかくなので、少しでも多くの人に伝えていきたい。

本を出す前から、様々なレースの壮行会や報告会でのプレゼンを通して、

そういった想いが徐々に増していった。

 

だって、ボクだって、いつまで生きられるか、分かったモノじゃないから。

 

この数年は、ずいぶんと沢山の様々な別れと遭遇した。

別れは、人間が生きていくうえでの必然のデキゴト。

自分だって、自分の大切なヨメや家族や友人だって、

いずれ、かならず旅立つものなのだ。

しかも、ひょっとしたら明日、

何かの事故や災害で命を落とさないとも、限らないのだし。

 

ならば、今日こそ有限とばかりに、生きていかねば。

時間の都合が付く限り、

それを次に生き続けるであろう人達に紡いでいこう。

 

僕が「マラソン中毒者(ジャンキー)」という本を出すに至ったのも

少しでも僕が伝えたいことを、伝えられる場が生まれるのであれば、という思いから。

 

そして、本だけではなく

トークライブという形でも紡げる場が増えるようになった。

気がつけば、本やトークライブなど

様々な形で、僕が紡げるものを紡いでいく。

それが今のボクのライフワークなのでは? と感じ始めていた。

 

ライフワーク

 

人生を通して、成し遂げたいモノ?

そうぼんやり考えていた時だった。

 

ボクの人生を劇的に変えた3名のうち2人目、中野大吾。

その父ちゃんが、出光興産の中野和久社長(当時。現会長)として、

2013年度新入社員にむけたメッセージが、

ボクのココロを突き刺した。

 最後に、私はこの6月で社長を交代し、直接皆さんにお話する機会も少なくなると思いますので、人生の先輩として、また、会社の先輩としてお話をしたいと思います。私は出光に入社し、今年で43年になります。この間、色々な事がありましたが、何と言っても大きな出来事は、2年前に東日本大震災に日本が見舞われたことです。私はそれまでずっと「人の命より大切なものはない」と考えてきました。しかし、東日本大震災は、その考えを大きく変えることになりました。我々は震災により、自然の残酷さを知ると同時に、人の命のはかなさや尊さ、また、日常の生活や家族のありがたさなど、多くのことに改めて気付かされました。同時に、震災時、避難の呼びかけを続けた町の職員や救助活動の中で津波にのまれていった警官や消防士の人たち、そして、家族や子供たちのために、自らの命を顧みず犠牲になった多くの人々の行動を知りました。人間には、時に自分の命より大事にしなければならないことがあるのです。それは「愛する人」や「家族」かもしれませんし、また、「志」や「信念」かもしれません。振り返れば、現在の我々の平和と繁栄は、そうした自分の命より大切なことのために生きた多くの人々の歴史に支えられているのだと思います。「使命」とは命を使うと書きますが、使命を果たすとは、「人間が限りある命の中で、命より大切なものに出会い、そのために生きる」ことなのではないかと思います。今日の感慨と初心を忘れず、自らの成長と「命より大切なものとの出会い」のために、これからの仕事に果敢に挑戦されんことを祈念して私のお祝いの言葉といたします。

 

僕がぼんやりと感じつつあった「ライフワーク」

それは、自分の「命」を「使」って、成していきたいコト。

 

まだ、命よりも大切なもの、には至ってないのかもしれないけど、

今のボクにとっては、とてつもなく大切なコト。

 

気づけば、本業のベンチャー投資・育成という仕事を通して

ボクが成し遂げていきたいと考えてきたことも、

まさにこの軸なのではないだろうか。

事業は、人なり。

その人を育てていくのは、経営者。

その経営者が存分に世界に、未来に羽ばたける環境や

必要なものを、どれだけ揃え、サポートできるか。

それにより、すこしでもより良き未来づくりにつなげていければ。

それが、ボクの本業でのライフワーク。

 

最近プライベートでのライフワークになりつつある

トークライブも、最近では依頼を頂きさえすれば「ビール一杯の講演料」にて、

日程の都合が付く限り、ひたすらにしまくっている。

2013年だけでも、慶應SFC、京大、東大、法政大、他都内にて企業などで複数

千葉君津、大阪学院大、福島のいわき遠野高校、福岡にてトークライブをさせて頂いた。

2014年も、twitterやfacebook上にて、まだお会いしたことない方からも

依頼さえ頂ければ、仕事やレースの合間で許す限りにトークライブを入れている。

大分、兵庫、京都同志社大、大阪大学、松山、愛知、佐賀、広島、札幌、石川、都内複数。。。

既に、6月までは週末はほぼ全埋まり。

 

アイドルの全国講演よりいそがしいんじゃねの?(´・д・`)

 

ってほど。

一回で数百名集めて頂ける時もあれば、20名ほどの時もある。

それでも、いいのだ。

その中から、あらたに未来にココロ燃やし、

未来を変えうる人が一人でも現れるかもしれない。

そして僕自身も、その活動を180%のチカラでしていくなかで、

ライフワーク以上に、「使命」とまで呼べるものが

生まれてくるかもしれない。見つかるかもしれない。

 

何事も、全力で取り組んでいかねば、180%のチカラをだしていかねば、

大きな成長も、新たな発見も得られないのだから。

なにより、「なんとなく」のまま、

いつ終わるともわからぬ毎日を過ごしていくのは

ゼッタイにイヤだ。

日々、有限。日々、180%で、何事も。

そういった信念で、来年もさらに、大きくチャレンジをしていこう。

 

さーて、どんな一年になることやら!

 

なにより、そんな チャレンジの数々を支えてくれている、

そしてワガママ勝手でも甘えさせてくれている

ダイスキなヨメ、家族、友人、応援いただく仲間のみなさま、

ありがとうございますm(_ _)m!

そして、お互いに、楽しい2014年を創りましょう!

 

次作執筆のため逗留中の、群馬の山奥より

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ブンゴー 小野ヒロフミ

 

 

※参考まで

僕ら主催の大学生向けイベント

「インフィニティ・ベンチャーズ・サミット サマーワークショップ」にて

僕がお話した時の動画です。

今のトークライブからはだいぶ未熟ですが、宜しければ!

Video streaming by Ustream

未来は、こんなにもオモシロく素晴らしい 〜 処女作「マラソン中毒者(ジャンキー)」が発売されました

 

35年間、超インドア派で運動とは無縁だった。

中高と、部活は吹奏楽部。

趣味は読書とネットとゲーム。

体育の成績は常に「上中下」の中もしくは下。

 

そんな僕が、仕事でもなく、単なるダイエットで始めたランニングがキッカケで

「マラソン中毒者(ジャンキー)」というタイトルで、

文藝春秋さんから本を今日、発売させていただきました。
マラソン中毒者(ジャンキー)

※紙の本、電子書籍、同時に発売させて頂いております。
趣味のゲームが興じて「ゲームでできるダイエット」として始めたニンテンドーWii Fit。

部屋の中からゲームで始めたジョギングが、気づいたら、ズブズブとランニングの世界にハマり

この4年間で、5kmラン、ハーフ、フル、100km…と

実に30回ほどもウルトラマラソンを完走し

北極や南極や砂漠らを走り、

日本を520km横断走り、ヨーロッパ最高峰のモンブランをぐるっと168km走り…

 

まさしく「マラソン中毒者(ジャンキー)」となってしまっていた。

 

「なんで、そんなに走るの??」

 

僕自身、こんな自分になるなんて、想像だにしてなかったのだ。

 

ただ、その時々にココロの羅針盤に従い

「ちょっと、オモシロそう、やってみたい」

なコトにチャレンジし続けた結果なのだ。

 

 やってみたら、運動は苦手でも、メンタルが重要なランは

意外な自分に向いていて、より自分の良い部分を引き出せると

気づくことができた。

 

そして、

「やるからには、徹底的にやり通す」

 

中途半端にやってしまうと、ケガも小さくすむかわりに

得られるモノも小さくなりがちだ。

コケる時は大コケかもしれないけど、

「なにそんなに真剣になっちゃってんの」とバカにされるかもしれないけど、

「ほーれ、そんなの、いきなりデキるワケないに決まってたんだよ」と否定されるかもだけど、

やるなら、全力でチャレンジすれば、

たとえ失敗に終わっても、得るものが大きい。

そして、達成出来た時の、喜びたるや。かけがえのないものだ。

 

最初は、小さなチャレンジだったとしても、

続けて、積み重ねていけば、必ず大きなチャレンジへと繋がっていくのだ。

そうしていたら、自分が「まさか」と思っていた所だって

いつか辿り着くことができる。

もしかしたら、全く自分が意識してなかった未来へと

自ら進んでいくことができる。

 

誰しも、限られた時間。

その中で、せっかくならば、

思いっきり、やりたいコトにチャレンジして生きねば。

知らなかった世界に、どんどん触れていきたい。

思いもしなかった未来に、自分に、出会ってみたい。

そんな未来ならば、どんなにオモシロく、素敵なことか。

いつ終わってしまうとも分からなくたって、素晴らしい人生じゃないか。

 

だから、走るのだ。と思う。

 

これは、別にランに限ったコトではなく、

仕事はもちろん、生き方そのものにも共通することだと思う。

 

そして何より大事なのは、

自分で、自分の未来をオモシロく創っていくチャンスは、

全ての、どんな人にも、常日頃から転がっている、ということ。

キッカケなんて、その辺にゴロゴロあるのだ。

 

けれど、そのチャンスは

「やってみよう」と

実際にチャレンジした者にしか、与えられない。

 

だから、まずは、アクションしてみればよいのだ。

難しいコトなんて、なにもないのだ。

 

「自分なんかに、できるのか?」

じゃなく

「自分は、やりたいのか?」

やってみたいのなら、まずはチャレンジしてみればいいのだ。

 

 

だって、まったく運動とは無縁で35年間も過ごしてきて

お世辞にも運動の技能は劣っている僕が

ランの世界で、こんなにもオモシロイ体験を手にして

知らない自分に出会う喜びにあふれた人生に出逢えたんだ。

 

走ってみたら、

「長距離ランは、技能より、メンタル。コツコツ努力が、必ず報われる」

という、実はボクにはピッタリの要素に詰まっていたコトに気がつけただけなのだ。

 

決して、特別な人の話でも何でもないのだ。

ランに限らず、チャレンジしてみれば

新たな自分を知れて、よりオモシロい未来に近づきやすくなるだけの事なのだ。

 

そんなボクの、わずかながらの体験が、

できるだけ多くの人にも共有できれば、

こんなにも幸せなことはない。

 

そんな思いで書いたのが、この本です。

 

こんなにも面白く、素晴しい人生に出会えるなんて。未来を創れるなんて。

ランナーはもちろん、スポーツに関係ない人でも

ビジネスマンでも、リタイアした方でも、

すべての人に、少しでも何かエネルギーを共有できたら、嬉しいです。

sorekara それぞれのカラーで未来を描け

10週末連続で続けていた100kmマラソンやらトライアスロンやら山ラン遠征やらに続き

11週目として予定していた北オホーツク100kmマラソンをキャンセルし

京都最大での学生イベント sorekara に参加してきた。

大学生、高校生が1000名規模で集まり

「そうだ、未来へ行こう」というテーマで、様々なスピーカーの話を聞ける2日間のイベント。

主催者である立命館大学2年生の清光さんから、ある日突如フェイスブックでメッセージをもらい

スピーカー/モデレーターとして登壇をオファー頂き、

北オホーツク100kmマラソンへのフライト等をキャンセルして、参加をしてきた。

一緒に北オホーツク100kmに行く予定だった仲間ら4名を

「ボクの札幌の実家に泊めてあげる」という約束はそのままに、

なんと、「ボクが居ないボクの実家に、仲間ら4名がお泊りする」状況を作ってまで。

結果、実家では、

しょーもない少年だった時代のボクの話題で大いに盛り上がったようで(´・д・`)…

 

さて、2日間に渡り、スピーカーやモデレーターとして3度登壇させてもらったsorekara。

結論として、僕自身にとっても非常によい刺激の場となった。

 

なにより、1000人規模のイベントの企画も運営も集客もスポンサー獲得も、

すべてが大学2年生らが中心に行われているのだ。

そして参加している学生も、東京から参加する人もいれば、

高校生も沢山いた。

さらに、質問してくる内容も、自らの人生にまっすぐに向き合い

悩み、苦しみ、でも未来を求めて情熱にあふれていた。

 

自分の考えを発信するのは、自分の考えを整理し、見つめなおすよいキッカケになる。

学生らの真摯な質問に答えていく中で、僕自身も自分にまっすぐ向き合い

未来を見つめなおす、とてもよい機会となった。

 

イベントにて最後に伝えさせてもらったメッセージ。

時間の都合上、すべてを伝えきれなかったので、ここでまとめてみる。

 

イベントの2日間、いろいろな経歴をもつ人の様々なメッセージを聞き刺激を感じたとは思うものの

その全てが、自分に取って最適では必ずしも無い。

それらのメッセージに対し

自分なりに考え、自分の意見を持ち、自分に合うメッセージを拾って未来に繋げていってほしい。

イベントsorekaraのサブタイトルでもある「それぞれのカラーで未来を描け」の通り、

伸ばすべき能力や、持っている良さや、進むべき道は「それぞれ」なのだ。

「スゴい、かなわない」と思う人から、「自分も伸びなきゃ」という刺激を受けるのは良しとして

その「スゴい」人と同じ能力や方向を目指さなくとも、自分なりのカラーを見つけて伸ばしていけば良い。

じゃあ、どうやって、「自分なりの道」を見つけるか。

それは、正解は無く、見つかったとしても、変化していくもの。

だけど、少しでも「やってみたい」「なってみたい」という方向が見つかったら

まずは全力でアクションをしてみること。

失敗したっていい。できるか、できないかなんて、いい。

まずは、具体的な行動にうつしてみること。

「明日から、毎日走ってみる」

「毎日、1冊ずつ本を読む」

「今日から、毎日英語のラジオを30分聞く」

「学生1000人集めるイベントを立ちあげてみる」

など。それぞれが「ココロに響く」事を、やれる範囲で実際にやってみる

動いてみることで、新たな自分に出逢える。

動いてみて、「実はこっちじゃなかった」でもいい。

また、新たな興味が湧きそうな方向に、動いてみればいい。

そうやって動き続けていれば、すぐでは無いかもしれないけれど、

少しずつ「自分なりの道」が形作られていく。

 

とはいえ、ココロは弱いもの。

時間が経つと、「全力で動いたる!」なキモチも覚めてしまいがち。

そういう時は、

言葉だけで終わらず、実際のアクションにつながるような「仕組みづくり」として

『やってみよう』と思った事を、twitterやfacebookや、家の壁に張り出すでも良いので

できるだけ、多くの人の目に触れる場所に発信してみる。

すると、自分も逃げにくくなるばかりか、

思わぬ応援やサポートももらいやすい。

 

なので、悩ましいし、苦しいし、親や友人から反対されるかもしれないし、

ワカラナイことだらけかもしれないけれど、

生きるのは、君自身なのだ。

君自身が、ビビっと感じた方向に、全力で動いていってほしい。

 

それが、僕の少ない経験から伝えられるメッセージ。

 

僕自身も、よりステキな未来へとたどり着けるよう、

僕なりのカラーで未来を描けるよう、

明日からも更に全力で動いて行きたい。

 

最後に、大学2年生ながら、これだけの大きなイベントを企画し

実際に運営をした清光さんら、スタッフの皆さんに感謝と拍手をお送りしたい。

 

参加者の方には、期待通りではなかった人もいるかもしれない。

お金を払って参加するイベントである以上、プロとしてもっとクオリティを求めるキモチを持つ人もいたかもしれない。

でも、ほぼ年齢が変わらない人達が、このようなアクションを実際にやってのけたのだ

という事実も、ぜひ感じて貰えたらと思う。

実際に動いた、その事実が、素晴らしいと思う。

ということで、清光さんはじめスタッフの皆さん、とてもよい時間を過ごすことができました。

ありがとうございます。

YOU、DOしちゃいなYO!

最初にお断りを。

今日はラン(だけ)のお話ではございません。

 

今朝の早朝ランは、とびきり気持ちが良く11kmを快走。

2週連続100kmマラソンを(ダイコンの格好で)完走して2日後ということもあり、

朝起きた時は、お馴染みの敵「言い訳クン」がわんさか出てきやがった。

でも、もうヤツらとは過去何度も闘ってきてるので、対処法はわかってる。

 

そういう時は、カタチから入って、逃げにくくしちゃうのだ。

僕の場合は、起き上がるなり、まずはランニングウェアを着てしまうのだ。

 

「あれれ?何だか、走らなきゃイケない格好になってるんでないかい?

オレσ(´・ω・`)?」

 

走りだすまでが、一番のハードル。

走りだすと、以外に気持ちよく走れてしまうモンなのだ。

しかも、100km走った直後だと、脚も心肺もダメージは残っているけど、

それ以上に「もっとタフだった記憶」が残っているので、

11kmくらいのランなど、へっちゃらに感じてくれる。

走ってみたら、実にいいペースで追い込めた。気持ちヨカッタ。

 

 

仕事などで、いいアイデアが出てくる時は、ランニング最中の時が多い。

たぶん、走っている間は肉体的に余裕が無くなるので、余計な事を考えられなくなるから。

そうすると、よりシンプルに物事を考えざるを得なくなり、

悩んだり考えたりしている問題の枝葉が削ぎ落とされ、

幹の部分、つまり一番ダイジな部分だけにフォーカスを当てやすくなるからだと思う。

 

あとは、筋肉は求めているかもだけど、脳にとっちゃ

「おい、血液の野郎。そんなに、バカみたいに送りつけてくるんじゃねーよ。酸素、糖分のヤツらを。」

ってなカンジで、普段以上に脳も活性化してるからなんじゃないだろか。

 

今朝も、そんな具合に、走っている間に、

仕事の事、自分の事、未来の事、いろいろ思考のヒラメキがあった。

そして、何より感じたのは、

「まだまだ、DOが足りてんよな、オレ。

もっと、DOせねばだな。」

とのこと。

 

ビジネス用語でおなじみの

「PDCAサイクル」:Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)。

PDCAを回すほどに、事業を継続的に改善を早めて成長に導ける、という手法論。

仕事の場でも

「いっくら、Plan(計画)でウンウン唸ってもなーんも始まらん。まずはDo(実行)してみなきゃ。

たとえPlanにアラがあっても、Doしなきゃ、それがアラなのかどうかなんて分からない。

アラだったら、後からCheck/Actで改善すりゃいい。

でも、Doしない事には、Check(評価)もAct(改善)もできないんだから」

といった趣旨の事をよく言うのだけど、

今自分が描いているビジョンに対し、どこまでDoできてんだ?オレ。

 

求めてる夢に、今のレベルのDoで届くのか?

もっと、恥や失敗なんて恐れずに、打席に立ちまくってチャレンジすべきなんじゃないのか?

 

後悔したって、始まらない。

今日から、もっと視点を高めて、どんどんDoしていこう。

Doしだすまでが、一番のハードルなのだ。

Just Do it.

 

 

まずは、ヨメからの

「テメー、一昨日の100kmで着たダイコン、早く洗え。

小動物なら逝けるニオイ付き発酵ダイコンになっちまうぞ。」

の教えにそって、洗濯をDoしよう。そうしよう。

 

前へと、進め。怯むな。腐るな。凹むな。〜起業家のタマゴ達へ(自分含む)〜

 

たまには、仕事の話を。

やっぱり、長いっス。

 

ボクの仕事は、ベンチャー投資/育成。
(職業=ランナー ではございません(`・ω・´)ゞ)

 

まだ世に無いサービスや事業を生み出しうるベンチャー企業/経営者に投資し、

時に自ら経営参画して育成し、未来に新たな価値を生み出していく仕事。

 

グルーポン・ジャパン(旧クーポッド)創業をプロデュースし、自ら経営陣として加わり立ちあげたり、

まだソーシャルゲームが無い時代ながら、中国のソーシャルゲーム会社のRekooに投資をし

日本法人を自ら社長になりつつ立ちあげ、サンシャイン牧場等、第一世代のソーシャルゲーム市場の立ち上げに貢献したり、

完全ゼロベースからジモティーを立ち上げ、自ら社長になりチームを集め、

新社長を採用したりなどなど(今も、もちろんイロイロ仕込中)。

 

もともとといえば、ベンチャー投資家ではなく、

ボク自身がベンチャー経営者だった。

 

正確に言うと、経営者になろうとしてなったのではなく、

初めてiモードを知った時、「どこでも誰でもインターネットに繋がれる」衝撃に感動し

即座にiモード端末を買いに走り(大学院生のボクにとってはかなりの投資だった)、

モバイルサイトを作ってみたのが最初のキッカケ。

 

最初に創ったモバイルサイトの居酒屋検索サイトは、

「渋谷で大勢で2次会に入れるお店を走って探さなくても、手元の携帯電話で検索できる」

という「あったら、スゴい便利」な、いかにも学生的なニーズから創った。
(かつ、当時運動ゼロだったボク自身も、店を探すのに走らなきゃなのはイヤだった(´・д・`))

同様に「あったら、スゴい楽しそう」な理由で、ゲームが遊べるモバイルサイトを創ったりして、

結果的に、(当時としては)非常に多くのユーザーに利用してもらえ、雑誌にも何度か掲載頂くほど。

 

 

そのうち(ようやく)気づいた。

 

「多くのユーザーに楽しんでもらって嬉しいけど、サーバーコスト増えていくだけの、これって金食い虫なだけじゃん(´・ω・`)?」

 

最初は「自分のモバイルサイトに(PCサイトでできているように)広告張って、サーバー代くらいは稼げるようになりたい」という、自分だけのニーズだった。

 

それがいつしか、

「世の中のモバイルサイト運営者も、モバイル広告で食えるようにできるのでは。

ってか、モバイル広告って、いままでにない価値を広告市場に提供できるんでは?」

そう勝手な妄想を膨らますようになった。

 

 

そんななか、ひょんな縁で

出来立てホヤホヤながら「売上も従業員もほぼゼロ」だったシーエー・モバイルに出逢い、

即決で転職。当時はただのヒラ社員(かつ、最初の正社員)。

 

妄想を実現にすべくモバイル広告市場を立ちあげ、

情熱を注いでいったら(ぜーんぜん広告市場のコトなんてわかってなかったのだけど)

気がついたら、自分は取締役として会社の経営を担う立場になっており、

シーエー・モバイルもモバイル広告市場のリーディング会社へと育っていた。

 

さらに、「広告市場育てるには、よいメディアがもっと要るでしょ」とモバイルメディアを多数創出したり、

「PCでもコマースできるんだからモバイルでもできたらもっと便利でしょ!」とモバイルコマースサイトを自らプログラム書いて立ちあげたり、

後発ながらモバイル課金コンテンツなど事業を広げていっていったり。

 

そうしていたら、

売上も社員もほぼゼロだった会社が、

8年間で年商180億円、従業員500人ほどの会社へと育っていた。

 

 

それがスゴいだろとか言いたいのでは決して無くって
(ぶっちゃけ、自分としてはもっと桁違いにインパクトある事業やサービスを創りたい)

 

ただ自身が信じるままに、「こんな未来が欲しい」と情熱を注いでいたら、

気づけば「ベンチャー経営者」になり、実現する側に回っていた。

 

という事実。

 

 

「経営者になろう」と思ってなったというより、

「実現したいコトを、形にしたい」と思って動いていたら、結果的に、実現しやすい立場としてそうなってただけの話。

 

 

「実現したいコトを形に」しようとする間、当然ながら、

多くの人達から「いやー、それはダメなんじゃない?」とか、

抱えてる課題への解決策になると信じて提案したクライアントから「求めてないし、そもそもニーズあるの?」とか

喜んで価値を感じて貰えると信じて提供したユーザーから「こんなモン創るなバーカ氏ね」とか

2ちゃんねる上はもちろん、時には社内などからもダメ出しや反対すらされたのは多々。

 

で、実際、失敗したコトも多々。

 

 

「信じる『実現したいコト』を、たとえ失敗が多かろうと、よりチャレンジできる場が欲しい」

そう思っていたら、ひょんな縁があって

インフィニティ・ベンチャーズの立ち上げを行い

ベンチャー経営者から、ベンチャー投資/育成へと軸足を変えて今に至っている。

 

 

もちろん、ベンチャー経営者から、ベンチャー投資/育成へと移ってからも

失敗は多々あるし、まだまだ自分で満足できる結果には程遠い。

 

 

でも、

「実現したいコト」に向けては、過去よりも着実に近づいているように感じてる。

右往左往したり七転八倒しながらだし、ゴールは遥か彼方で見えないくらい遠いけど。

 

 

この数日間、僕らインフィニティ・ベンチャーズとして主催している

インフィニティ・ベンチャーズ・サミット(IVS)で、700名ほどの国内外の様々な経営者や

投資家などに触れ、沢山の刺激や知見を(主催側ながらも)得ることができた。

 

その中でも特に、自分たちの投資先ではあるのだけれど、

「誰でも数分かつ無料で、プロなみのウェブサイトを創れる」サービス

Strikingly(ストライキングリー)

の経営者Davidからは、

非常に多くの刺激や学びを得た。
(彼はまだ23歳ながら!
当然、コチラもそれに見合うバリュー以上を返すべく、負けずに動いていくのだけど!)

 

Davidが、Yコンビネータのプログラムでダメ出しされて落ちても

実現したいコトを信じ、結果Yコンに「中国からの発案件」として採択され、

サービスを順調に拡大している姿を観て、

ボク自身も改めて、気づいた。

 

「それは、自分が実現したいコトなんだろ?

だったら、誰よりも自分が実現へと突き進んでいくべし」

 

という原点を。

 

自分も、少しずつながら、そうやって今に至っているコトを。

 

一方で、多くのベンチャー経営者や起業家のタマゴへ、言いたい。

誰より、自分自身へ。自戒を込めて。

 

 

怯むな。腐るな。凹むな。

前へと進め。

 

 

たとえ自分より経験豊富(に見える)経営者などに、何を言われても怯むな。腐るな。凹むな。

君の実現したいビジョンが大きいほどに、この先受ける荒波も大きいだろう。

 

実現したい夢に対し、ケチをつけられたぐらいがなんだ。

 

ケチを言うヤツが、成功している(ように見える)センパイ経営者だろうが、

自分の実名をあげてまでdisってくる2ちゃんねるユーザーであろうが、マスメディアだろうが。

 

それがどうした。

 

君が描く「変えたい未来」や「実現したいビジョン」がホンキならば、

その程度で、怯むな。腐るな。凹むな。

 

誰にもできそうにないゴールを目指すから、ハードルも高くなるのだ。

ハードルなんぞ、「いいトレーニングありがとう!」さながら飛び越えてナンボだ。

誰でもできそうなゴールを目指すならば、君でなくても誰かがやるだろう。

だから、

その想いがホンモノならば、

ただ、

 

前へと、進め。

 

 

というコト。

 

 

気づけば、ボクはランナーとしても、同じコトをやってきているじゃないか。

そして、35年間運動ゼロ&運痴ながらランを始め、

やれ砂漠250kmやら北極やら南極やら日本横断520kmマラソンやらにチャレンジし続けている。

 

そういったチャレンジへ走り続けているコトでも、

 

怯むな。腐るな。凹むな。

 

前へと、進め。

 

といったマインドも、少しずつながら、育ててこれているハズじゃないか。

 

ということで、自分も改めて、自分に言い聞かせ、前に進んでいこう。

 

ひとまずお腹すいたので、ランして朝食食べに行こう(`・ω・´)ゞ 。

「成長する」というコト 〜 コンニャロ、自分 〜

「今朝のランは、スピードトレーニングしてみよう」

皇居まで3km程走って、皇居1周5kmを20分切りを狙い、3km走って家まで戻る。

ボクの走力では、まだまだタフな練習内容。

そこそこに、追い込んで走りきった。

が、結果は、20分5秒。。

まだまだ追い込みが足りなかった。

途中「今朝は睡眠時間4時間台だったから、いつもより苦しく感じるのカナ」とか

中途半端な言い訳が一瞬浮かんだり、ぶっちゃけ甘えていた。

コンニャロ、自分め。

ふと、昨夜の投資先ベンチャー企業の幹部メンバーらとの飲みを思い出す。

ボクらの投資先ベンチャーの中でも、かなり成長している会社である。

その社長が、幹部を前に言っていた。

「正直、今のボクらなんて、死ぬほどチッポケ。

いわば、まだ(企業として)生きるか死ぬかの瀬戸際なワケですよ。

なのに、(立ち上げの頃に比べ成長している現状に)少し油断してるんじゃないかって思うんだよ。」

人は、成長を実感すると、嬉しいもの。

以前よりも、

早いペースで走れるようになったり、

携わる事業の規模が大きくなったり。

でも成長は、常に「今よりも上を」目指すからこそ、得られるもの。

今の自分が、過去より成長していても、そこに満足してたら、

「今よりも上」にはたどり着けない
(仮に数字上は伸びたとしても、惰性であり、加速度での成長はできない)。

そして、「成長する」「今よりも上を目指す」ことは、

ランや、仕事などに限らず、様々な形にて

どんなに歳をとったり

どんな環境下であっても可能なことだと、

僕が今まで触れてきた人たちから教わることができている。

どんなに肉体的に老いて、判断力が落ちていっても、

「生の終わる、その瞬間が『成長』のピーク」

ということだって、実現しうるのだ。

ランも仕事ももちろんだけど、

まだまだ成長したいコトが沢山あるし、

成長できるハズじゃん、オレ。

ふと、今朝のランで追い込みきれず

「コンニャロ、自分」

だった、瞬間に、そう、思った。

なので、あえて自分に刻んでみる。

コンニャロ、自分。

拝啓、50のボクへ

ふと、

アンジェラ・アキさんの「手紙~拝啓、一五の君へ~」

がアタマに流れて止まらない。

負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそう」

「ひとつしかない この胸が 何度もバラバラに割れて」

そんな苦しい中でも、必死に生きている、十五歳の「君」へ。

そんな一五歳を経て「大人」になった今の自分でも

「傷ついて眠れない夜」はあるのだけれど、

悲しみも苦しみも、人生の全てに意味があるのだから、

恐れずに、自分を信じ、自分の夢を育てて、

「笑顔を見せて 今を生きていこう」

そんなメッセージの手紙を、贈る歌。

この歌は、

『十五歳』の経験を経て大人になり、

より成長した『自分』が、

「今『一五歳』として生きている『君』」に贈るメッセージであると同時に、

「これからも生きていく『自分』」が

「より成長した『未来の自分』を目指せるよう」にと、

自分自身へのメッセージでもあるのだよな。

と。

そう、僕なりに受けとめながら、何度もアタマでリフレインしている。

思えば、この1ヶ月ほどは、実にいろいろな事が起きた。

2週間の出来事さえも、なんだか数年も前のようにすら感じるほど。

大切な人の「最期」が無情にも近づいていく中、

その「最期の旅立ち」に立ち会うことができ、

切なさと悲しさに散々に涙にくれつつも、

その同じ朝に僕もアタカマ砂漠へと旅立ち、

さまざまな不安で一杯な自分と闘いながらも、

念願だった「チーム戦世界一」を達成することができ、

そして帰国後すぐまた出張で海外に行き、

これまでの自分ならば会うことすらなかなか難しいであろう、

実に素晴らしい、たくさんの人たちに次々と触れ合うことができ、

多くの刺激と勇気をもらえた、この一ヶ月。

悲しみも、喜びも、刺激も、勇気も、

実にめまぐるしくではあったけれど、

本当に「有り難い」経験だった思う。

ランでも、仕事でも、日常でも、

いつも心がけてきたこと。

それは、常に

「何か達成感を味わったり、嬉しい経験ができても、

逆に、悔しかったり、消えてしまいそうな悲しい経験をしても、

そういった自分を正面から受け止めつつ、一喜一憂せず、

すぐに次へと、未来へと自分を向けていく。」

こと。

決して

「過去」にフタをして、

過去の経験や想いを、記憶が拾えないような場所へと無理に追いやって

「先だけしか見ないようにする」

ということではなく、

嬉しい経験ができたのなら

「これができたんだからさ、さらに上だって目指せるハズだよな。オレ。」

悲しい経験をしてしまったのなら

「おかげで、オレ、鍛えられたんだよね。いろいろ学べたハズだよな。」

そう受け止め、経験を感謝に変えつつ、

「泣いても笑っても、過去は変わらない。

やれるのは、今から先へと進んでいくことだけ。

いろいろあったけど、過去の経験は、

どれも未来の自分に繋がる、スゲー「有り難い」コトじゃないの!

そう。

まだまだやれるはずだよな。オレ。

もっともっと、伸ばしていけるハズだよな。オレ。

そうして『(過去よりも)より良く』成長していけば、

感謝にお返ししていけるじゃないの!!」

そんな風に自分に言い聞かせ、心がけてきた。

『自分』から、『自分』への手紙、メッセージとして。

だって、ボクらが生きることができるのは、

いつだって、「今」しかない。

どれだけ過去に嬉しい事があっても

「今」はどんどん前へと進み、「過去」へと流れていく。

いくら過去の自分にすがりたくなっても、足を引っ張られそうになっても、

ボクらができるのは、

「今」をどう過ごすか。

「今」をどう生きるかだけだ。

そうして「今」がどんどん積み重なった先にしか

「未来」はないのだから。

この1ヶ月ほどの、様々な

悲しみや、嬉しさや、刺激や勇気を得た経験をふと思い返しながら、

改めて、

「いろいろな人に支えられて、こういった『今』があるのだな」

と、

いろいろな人達へ感謝で胸が一杯になり、

「しっかりと、未来に紡いでいかねばな」

「笑顔を見せて 今を生きていこう」

そう、強く勇気がうまれてくる。

未来が存在し、

『未来へと向かって、今を生きていられる自分』

が存在できているだけで、

どれだけ有り難いことだろうか。

そういえば、つい最近、

仕事のパートナーの小林さんが、素晴らしいコトを言っていた。

「子供を見ていると、ほんとにいろんなコトに興味を持って触れるのを見て

好奇心って、ホント大事だなって、気付かされた。

大人へと成長し経験が積まれるうちに、

子供の頃にだれもが持っていたハズの好奇心に

知らずと自らフタをしてしまいがち。

『でも、(過去の経験から)ソレは難しいんじゃないのかな』

『いやぁ、それはさすがにデキないんじゃないのかな』

子供の頃だったら、

何も考えずに、目を輝かせて飛びついたり、

まずは触れてみたりしていたハズなのに。

(ボクらが仕事を通して生み出して行きたい)

「イノベーション」や「新たな発見」なんて、

実はそこら中に転がっているハズ。

好奇心を持つこと。

そして、興味を持ったら

「経験」が持つ「先入観」に囚われずに、

まずは(子供のように)触れてみることが大事。

好奇心は、子供の頃に誰もが持っていたハズなんだから、

「イノベーション」や「あたらしい発見」だって誰にでもチャンスがあるハズ

なんだよな。」

有り難いことに、

ランでも、仕事でも、プライベートでも、

いろいろなコトにワクワクしたり、

好奇心を絶やさずにいられる自分が、今を、生きている。

幸運なことに、

そんな今の自分だからこそ、

次々と素晴らしいと思える人達に触れ合えたり、

本当に「有り難い」と思える体験をたくさんできたりするのかもしれない。

でも、

「まだまだやれるはずだよな。オレ。」

「もっともっと、伸ばしていけるハズだよな。オレ。」

そう。

もしかしたら、50歳くらいになった頃には、

好奇心が途絶え、

今のような素晴らしい経験や人たちと触れ合えなくなってしまっているかもしれない。

もしくは、

「未来に自分を向ける」ことができない程に

「消えてしまいそうな」くらいに、苦しい中で生きているのかもしれない。

ひょっとしたら、

既に「『未来』を失った存在」になってしまっているのかもしれない。

(いずれ、かならず、そうなるのだけれど)

できるコトならば、

少しでもカッコよく、もっといい笑顔で、

それでも

「まだまだ、やれるハズ」「もっともっと、伸ばしていけるハズ」

と前向きに生きていたいよな。

何歳になっても、

いつだって、大切なこと。

「人は、生きている限り必ず『未来』があり

いつだって、成長できるし、

どんな時だって、自ら変えていけるはず。」

という、こと。

有り難いことに、ボクは沢山の経験で、多くの素晴らしい先輩達から、

それを学べているじゃないか。

だったら、この先も、また一歩ずつでも積み重ねて

よりよい自分へと、育てていこう。

そして、五〇になった時に、また同じように、

もしかしたら、七〇になった時でも

「拝啓、五〇の君に」と

ステキなカタチでメッセージを紡げるオトナでいられるように、

大切に時を紡いでいこう。

そう、ふと想ったのでした。

おわり。

人生最大の恩師、吉田事務長(享年98歳)に贈る

堪え切れずではありますが、私的ポストです。

今日、人生のもっとも大事な恩師が、旅立たれた。

享年98歳。大往生な年齢である。

思い返してみると、

あれほどの懐の深さ、ユーモア、リーダーシップに溢れた方に、

38年間の人生でまだお会いできたことが無い。

思えば、もう20年前だ。

生まれ育った札幌を人生で初めて飛び出し不安に怯えつつ東京に出てきた僕が、

その方にお会いしたのは。

現役での志望大学で、分相応の一大学に絞り失敗し、
浪人の身で札幌の実家にて半年過ごした後、

両親に迷惑をかけまくりつつも単身東京に出てきた僕が辿り着いたのが

地方から東京の予備校に通う浪人生が400名も集まり集団生活をする「中山寮」。

20年前の夏のことだった。

その中山寮で半年を過ごし、無事大学入学を果たした際お声がけ頂いたのが、

「大学に通いつつ、寮に残り寮生の面倒を見る」という『リーダー』という仕事。

正直、「下宿費や食費が浮かせるんでは?」程度の軽い気持ちで引き受けた。

劇的に人生が変わるキッカケとも知らずに。


ただでさえ精神的に不安定で多感な浪人生が

様々な地方から400名も集まり、集団生活をする場である。

そこに、

「(少し前まで同じ浪人寮生だったハズの)大学生」が、たった8名で

常時住み込みで面倒を見るのである。

僕ら『リーダー』は、年齢もほぼ同じ「大学生」として、

「浪人生」の寮生からは「憧れでもあり嫉妬の対象」でもあり

「浪人生としての不安のはけ口」にもなりうる立場だ。

寮生同士のトラブル対処はもちろんだけど、

寮生からリーダーに対しても実に様々なトラブルや嫌がらせや

とても書けないような大変な事がいくつも起きたものだ。

そんな寮を、

大学生になったばかりの若造らがいきなり数百人の浪人生と生活を共にし任されるのだ。

正直「マネジメント」の「マ」の字も無いハチャメチャさだった。

そんな400名の浪人生と、

それら浪人寮生を見守る8名のリーダー達含め寮全体を率いていたのが、

当時80歳近い年齢ながら現役で寮長を務めていた吉田事務長であった。

既に数十年の間寮長を勤め、

何千人という寮生や何十人という『リーダー』を育ててきた方である。

寮でどんなトラブルがあろうが

ましてや寮をまとめるハズのリーダー同士でどれだけイザコザが起ころうが、

常に暖かく取りまとめ、しかし時に凄まじいリーダーシップで

寮全体を取りまとめてくれたのが、吉田事務長だった。

当時、80歳前後であったのにもかかわらず。

そして、事務長は、年齢を感じさせない豪快さで

とにかく、飲み、語らい、とてつもなく「エネルギッシュばぁちゃん」でもあった。

そして、なにより、人間としての魅力が溢れ出ていた方であった。

若造の僕らのどんな失礼さや、ありえないような失敗すらも、

すべて包んでくれるように見守りつつ、影でしっかりと支えてくれていた。

僕らが「リーダー」を卒業し「中山寮」を離れても、

その生活の様子を気にしながら、時に支えてくれていた。

文字通り、すさまじいパワーと人としての温かみに溢れた方であった。

冗談ではないが、初めて寮を訪れ事務長に会った僕の母は

事務長に会った瞬間に思わず手を合わせてしまったほど。
(「まだホトケになってないわよ」と冗談で返すほど、ユーモアあふれる事務長であったのだけど)

その人生の恩師の事務長が、今日、2013年1月22日、

98年の人生に幕を閉じた。

思えば僕が事務長の下でリーダーを務めた4年間に

どれだけ人生の教えを学んだのだろう。

それも、事務長から一切「こうしろ」とか「ああすべき」とか言われずに。

ただ、事務長の背中を見て学んだのだ。

山本五十六の

「やって見せ、言って聞かせ、させてみて、 褒めてやらねば人は動かじ」

ではないが、

『やって見せ、(言わず聞かせずさせてみず、褒めはせずとも人を動かし」


というタイプであった。(無言の笑顔で褒められていたのだけど)。

同期でリーダーを努め、初期に僕と最も激しくケンカをしまくった山本良太が

後に無二の親友になり、共にサハラ砂漠250kmを完走する同志にもなったのも

お互いに吉田事務長の背中を見て成長できたから。

90代になっても、パワフルに酒を飲み

コケて骨折して入院しても回復し、

一人で僕らの飲み会にふらっと現れる程のバイタリティだったので、

僕らリーダーも「事務長なら、当然100歳まで」と少し甘えてしまっていたのかもしれない。

でも、人は、必ず、死を迎える。

事務長には1年少し前にお会いして以来ご無沙汰してしまっており、

実は2週間後にご挨拶に伺うコトが決まっていた。

もう少し早く伺えばと、後悔は消せないけれども、

でも、1年ちょっと前に会えた時だって

僕なりに「一期一会」の心持ちでお会いできたんだ。

その時だって事務長も

「(こんなに長く生きちゃってるけど)
こうして、リーダー達が訪ねてきてくれるのが、何より嬉しくって。ワタシの生きがい

と仰ってくれていた。

それだけで、十分ありがたい。

どれだけ、感謝を言っても尽きない。

その御礼は、

事務長が、その生き様を通して僕らに見せて遺してくれた「人としての生き方」を

僕らなりに学んだ上で、

事務長が旅だった後でも大事に育て紡いで行くことで

お返ししていこう。

吉田事務長、心より、ご冥福をお祈り致します。

そして、何より、事務長のおかげで僕はあるのだと、

今更ながら、強く強く感じております。

ほんとうに、ありがとうございました。