川の道520km完走記:その10「川の人生と、人生のルーツへの旅」


2013年5月5日。

長かった川の道520kmも、いよいよ6日目の最終日。

 

ここはスタートから約480km地点。新潟県三条市。

 

荒川が終わる太平洋の河口、東京を出発し

荒川の生まれた源流まで遡る。

そして、新たに生まれたての信濃川の源流を下り

信濃川が終わる日本海の河口、新潟市へ。

 

そんな、川の道、川の人生を巡る旅もいよいよラスト。

 

残すは約42kmだ。

 

実は一昨日(5月3日)、40kmスパートでたどり着いた約400km地点の鹿渡館で

「明日(5月4日)、どこで宿泊しようか。。。

そういえば、三条市って、オレのじーちゃんの故郷だったよな。。。

たしか、コース上でも三条市通るハズだったよな。。。。」

 

そう、寝転がりならマップを眺めていた。

 

 

そして、衝撃が走った。

 

 

なんと、そのじーちゃんの分骨が祀られている法華宗の総本山「本成寺」が、

川の道コースすぐ脇に、あるではないか。

 

520km。

果てしない、道のりである。

 

実に、様々なルートを通りうるハズだ。

 

それが、いよいよゴールまで残り42km近くという地点に、

偶然にも、そのルートのすぐ脇に、

じーちゃんの分骨が眠っているのだ。

520kmもの旅路のラストに、こんな縁(えにし)ってあるのだろうか。

 

 

これは、じーちゃんに、呼ばれいてる。

 

ボクが大きくなる前に亡くなったじーちゃんにとって、

ボクは沢山いた孫の、ちっちゃな一人だったかもしれない。

 

でも、ボクは、ちゃんとじーちゃんのこと、覚えているんだ。

 

けど、ボクが、じーちゃんの歴史をちゃんと聞いたのは、偶然にもつい昨年だった。
正直、じーちゃんの過去を知って、ビックリした。

それまでは「新潟出身」くらいの知識しか無かった。

 

ボクのじーちゃんは、今では世界的に知られている金物の街「新潟県三条市」に生まれるも、

戦争の動乱のなか、造船盛んな広島県に移って財を蓄え、

にも関わらず、更にチャレンジとばかりに

当時開拓まっただ中の北海道に渡った。

 

当時北海道に渡るのは、流刑で送り込まれるか、

雪と熊しかない大荒野へと荒唐無稽な夢を求めて旅立った

よほどなチャレンジャーしか居なかったであろう時代に。

 

それって、めっちゃベンチャースピリットじゃんか。

 

そして、じーちゃんは、結果的に

金物屋で一代にして大きな財を成し遂げた。

 

ボクが、これまで過去両親にさんざん迷惑をかけながらも

浪人しながらも「札幌から東京に出てチャレンジしたい」とワガママを続けてこられたのも

そういったじーちゃんが蓄えてくれた財があってこそ。

感謝のコトバしか、出ない。

 

そんなじーちゃんは更に、プライベートでは

当時は海外旅行すら珍しい時代に

実に世界中を旅して回ったそうな。

 

クレジットカードなんて存在せず、

外貨の国外持ち出しどころか、銀行で外貨に両替することすらも規制が厳しい中、

銀行に睨まれつつも何度も外貨交換をし、

ベルトや靴下に外貨を隠してまで外貨を持って、

今のボクらでもなかなかたどり着けないような場所へまで文字通り世界を旅したそうだ。

しかも、1ドル = 360円の時代である。
(それだけ、大量に外貨を持っていかねば旅行なんてできやしない)

それって完全アドベンチャーじゃんか。
仕事でチャンレンジしつつ成功を遂げ、

にも飽き足らず、

世界へアドベンチャーな旅を続けたじーちゃんは、

いったい、何を見たかったのだろう。
今のボクのシゴトは、

これから成長するであろうベンチャーに投資をし、

それを育てていく仕事である。
そして、プライベートでは、

(35年運動ゼロから、まだラン歴4年にも満たないのではあるけれど)

北極点フルマラソンやら南極100kmマラソンやら砂漠250kmマラソンやら、

アドベンチャーな体験を求めて、ランでチャレンジを続けている。

 

 

「ひょっとして自分にも、

少しだけじーちゃんのチャレンジャーや

アドベンチャーな血の断片を貰えているのかな」

 

そう、ボンヤリは思っていた。
そうして、いよいよ今日、

東京から新潟まで520km走る

ボクの新たなアドベンチャーの最終日。

 

もう、ゴールは、見えている。

その、コースのすぐ脇に、

じーちゃんが見守って眠っているなんて。

じーちゃん、

オレがここまで無事に辿り着くの、

ずっと見守っててくれたんだろうな。

オレ、ちっさな末っ子だったから、

あんましじーちゃんにとっては思い出は薄かったかもだけど。
東京から新潟まで走ってくるオレ見て、

 

「孫にもアホでオモロイのが育ったなぁ」

 

そう、喜んでくれているのかもな。
そんなコトもあって、

サポート部隊のみんなにワガママ言って、

最終日は、その本成寺にじーちゃんの分骨にお参りをしてからゴールを目指そう。

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(じーちゃんの分骨が眠る、本成寺にて)

 

こんなふうに生きれて、

こんなチャンレンジをできているのも、

ボクのルーツがあったから。
ボクの先人たちの、

文字通りの

「生死をかけた己との闘いと努力の蓄積」

があったから。

 

 

ここまでの道のり、途中、

何度も何度も何度も何度も何度も

挫けそうになって、

涙も流しそうにもなって必死に堪えて、

でも何度も号泣して、

何もかも自暴自棄にさえなったけど、

それでも、こうしてゲンキにやってこれたんだ。

 

ありがとう。

 

必ず、日本海へと辿り着くよ。

 

さぁ、行こうぜっ!
6日前に太平洋を眺めてからの、

2つの川の人生を見届けての、

520km先の日本海へと。

そして、自身のルーツと、

その先の未来へと。
つづく

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