「成長する」というコト 〜 コンニャロ、自分 〜


「今朝のランは、スピードトレーニングしてみよう」

皇居まで3km程走って、皇居1周5kmを20分切りを狙い、3km走って家まで戻る。

ボクの走力では、まだまだタフな練習内容。

そこそこに、追い込んで走りきった。

が、結果は、20分5秒。。

まだまだ追い込みが足りなかった。

途中「今朝は睡眠時間4時間台だったから、いつもより苦しく感じるのカナ」とか

中途半端な言い訳が一瞬浮かんだり、ぶっちゃけ甘えていた。

コンニャロ、自分め。

ふと、昨夜の投資先ベンチャー企業の幹部メンバーらとの飲みを思い出す。

ボクらの投資先ベンチャーの中でも、かなり成長している会社である。

その社長が、幹部を前に言っていた。

「正直、今のボクらなんて、死ぬほどチッポケ。

いわば、まだ(企業として)生きるか死ぬかの瀬戸際なワケですよ。

なのに、(立ち上げの頃に比べ成長している現状に)少し油断してるんじゃないかって思うんだよ。」

人は、成長を実感すると、嬉しいもの。

以前よりも、

早いペースで走れるようになったり、

携わる事業の規模が大きくなったり。

でも成長は、常に「今よりも上を」目指すからこそ、得られるもの。

今の自分が、過去より成長していても、そこに満足してたら、

「今よりも上」にはたどり着けない
(仮に数字上は伸びたとしても、惰性であり、加速度での成長はできない)。

そして、「成長する」「今よりも上を目指す」ことは、

ランや、仕事などに限らず、様々な形にて

どんなに歳をとったり

どんな環境下であっても可能なことだと、

僕が今まで触れてきた人たちから教わることができている。

どんなに肉体的に老いて、判断力が落ちていっても、

「生の終わる、その瞬間が『成長』のピーク」

ということだって、実現しうるのだ。

ランも仕事ももちろんだけど、

まだまだ成長したいコトが沢山あるし、

成長できるハズじゃん、オレ。

ふと、今朝のランで追い込みきれず

「コンニャロ、自分」

だった、瞬間に、そう、思った。

なので、あえて自分に刻んでみる。

コンニャロ、自分。

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