【アタカマ砂漠250kmマラソン】2:砂漠マラソンってイロイロあるのネ(´・д・`)


「いつか、サハラ砂漠250kmマラソンを走ってみたい」

ランを初めてしばらくしたある日、

この写真

を見てしまった時から、そう憧れていた。

そんなボクがある時知った衝撃の事実。

『砂漠250kmマラソンには

 

「中国、ゴビ砂漠」

「エジプト、サハラ砂漠」

「チリ、アタカマ砂漠」

 

と存在し、その3つのうち2つを制すると

 

「最後の砂漠 = 南極大陸」

 

に行くことができる。』

「ちょっwww

 

オレが一生の目標で『いつか』と思ってたサハラ砂漠って、

 

何なら

ラスボス(南極)に行くための中ボスの1つ

に過ぎないやんけ/(^o^)\」

そう。


一言に「砂漠マラソン」といっても、実にイロイロとあるのである。

ボクが「一生かけて目指すべき相手」と掲げていた目標が、

実は「町内のガキ大将」レベルに過ぎなく、

全国に、いや全世界にまだまだ

トンデモなヤツらがいると知ったような、そんな衝撃だった。

追い込まれた時ほど、ヒトは理性を失い暴走するものである。

「コンニャロー!

やるからには、1年で2つの砂漠250kmレースを制して、

一気にラスボス(南極)への切符を手にしてやるぜ(`・ω・´)ゞ」

ランを初めて以来、様々なレースを次々と

「ノータイムポチリ」

(後先考えずに「ノータイム」で、ココロの羅針盤の赴くままに「ポチっ」とアクションをしてしまうこと)

でエントリーしてしまう、

いわば『ワル乗りアビリティ』を手にしてしまったボクは、

当時ラン歴わずか2年弱の身ながら、

2011年6月「ゴビ砂漠250km」ポチっとな( ・∀・)!!

そして、そのわずか4ヶ月後の

2011年10月「サハラ砂漠250km」も、ポチっとな( ;・∀・)!!

「やヴぁ!

一気に2つの砂漠レースを

ノータイムポチリしてしまったYO!/(^o^)\」

当時、仕事を独立してまもなく、当然仕事仲間に相談すらしていない。

しかも、ヨメにだって、何の相談もしていない。

(イロイロ考えたら考えるほど、

「行かない方が『安全』」な理由しか出てこないに決まってる。

まずは「ポチっ( ・∀・)!」として、更に退路を塞いでやるぜっ(;・∀・)!!!)

とのことで、ゴビ、サハラと2つの砂漠をポチった直後に

Twitterにて「砂漠2つポチりだんっ!」と宣言。

ヨメからのTwitterでの公開返信は

「オマエ、マジ聞いてない。ぶっ殺すぞコラ(´・д・`)」

 

だって、ポチっちゃったんだもん。。。(´;ω;`)。

 

というわけで、号泣して駆け抜けた2011年10月のサハラ砂漠から、

時計の針をさらに4ヶ月ほど巻き戻した、中国ゴビ砂漠のお話。

時は2011年6月。

当時、ボクの「初砂漠レース」となるゴビ砂漠250kmマラソンへの壮行会には、

実に多くの方が応援に駆けつけてくれていた。

その中にいたのが、後にアタカマ砂漠でチーム”KIZUNA”として共に走ることになる

「黒ちゃん」こと黒澤洋介と「信ちゃん」こと佐々木信也の2人。

信ちゃんとは「ネット業界&北海道出身」という縁で半年ほど前に出会い、

黒ちゃんとは共通の友人を通じて
数ヶ月前に出会い、

2人共に、ボクにとっては「出会ったばかりのヒト」

とはいえ2人ともに、仕事でもチャレンジングな活動をしており、

ボクのランでのチャレンジに刺激を受けたこともあったのか、それぞれ最近ランを始め

当時、信ちゃんはランを初めて半年ほど。黒ちゃんに至ってはまだラン歴2ヶ月だった。

黒ちゃんと信ちゃん同士も、出会ってたった半月ほどの付き合い。

もちろん、2人共に、砂漠の経験などない。

 

そんな2人が、

何かの「縁(えにし)」で、ボクの初砂漠である「ゴビ砂漠」壮行会に同席する。

「昼は40度以上、夜は0度近くまで下がるという砂漠を250km、

7日分の食料など10kgほどの荷物を自ら担いで走りぬく」

 

「人生はたった一度きり」

「見たこともない世界を、見てみたい」

「自ら創るチャレンジが、自らの世界を変える」

当時のボクとしては全く未知のチャレンジに向けた想いを語ったプレゼンに

ワルい刺激を受けてしまった2人は

そこで未来を決める決定的なやり取りを交わすことになる。

(当時の写真。黒ちゃん(リュック姿)に語るボク(一番右))

 

信ちゃん「おい、黒ちゃん、オマエ、どうするんだよ」

 

黒ちゃん「ん、ぅん(´・ω・`)…」

 

信ちゃん「(オマエも砂漠)どうするんだよって聞いてるんだよ。」

 

黒ちゃん「(´・ω・`)…(・∀・)…(´・ω・`)」

(当時の写真。左が黒ちゃん、右が信ちゃん)

そうして、ボクがなんとかゴビを完走して数週間後の2011年7月。

黒ちゃん、信ちゃんらにより

「砂漠会議」

なる飲み会が催されるとのウワサを聞きつける。

(こりゃーオレも乱入する以外に手はないでしょ(・∀・)!)

当時のボクは「ゴビ砂漠完走者」でもあり、

3ヶ月後の「サハラ砂漠エントリー済み」でもあり、

根拠不明の強気モードである。

 

「もうココロは砂漠に向いているんだよ。
そんなもん、ノータイムポチリに決まってるだろう」

「人生有限なんだよ。
今晩、いま、ここでポチろうぜ。
パソコン出すから」

という酔いと悪ノリの中、

黒ちゃん、信ちゃんら他数名とともに

『3ヶ月後のサハラ砂漠250kmマラソン、

ノータイムポチリだん/(^o^)\っ!!』

この1年半後に、

「アタカマ砂漠、チーム “KIZUNA” 」へと歴史が大きく動いたもう一つの瞬間でもあったなんて

もちろん知る由もない。

つづく

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