人生最大の恩師、吉田事務長(享年98歳)に贈る


堪え切れずではありますが、私的ポストです。

今日、人生のもっとも大事な恩師が、旅立たれた。

享年98歳。大往生な年齢である。

思い返してみると、

あれほどの懐の深さ、ユーモア、リーダーシップに溢れた方に、

38年間の人生でまだお会いできたことが無い。

思えば、もう20年前だ。

生まれ育った札幌を人生で初めて飛び出し不安に怯えつつ東京に出てきた僕が、

その方にお会いしたのは。

現役での志望大学で、分相応の一大学に絞り失敗し、
浪人の身で札幌の実家にて半年過ごした後、

両親に迷惑をかけまくりつつも単身東京に出てきた僕が辿り着いたのが

地方から東京の予備校に通う浪人生が400名も集まり集団生活をする「中山寮」。

20年前の夏のことだった。

その中山寮で半年を過ごし、無事大学入学を果たした際お声がけ頂いたのが、

「大学に通いつつ、寮に残り寮生の面倒を見る」という『リーダー』という仕事。

正直、「下宿費や食費が浮かせるんでは?」程度の軽い気持ちで引き受けた。

劇的に人生が変わるキッカケとも知らずに。


ただでさえ精神的に不安定で多感な浪人生が

様々な地方から400名も集まり、集団生活をする場である。

そこに、

「(少し前まで同じ浪人寮生だったハズの)大学生」が、たった8名で

常時住み込みで面倒を見るのである。

僕ら『リーダー』は、年齢もほぼ同じ「大学生」として、

「浪人生」の寮生からは「憧れでもあり嫉妬の対象」でもあり

「浪人生としての不安のはけ口」にもなりうる立場だ。

寮生同士のトラブル対処はもちろんだけど、

寮生からリーダーに対しても実に様々なトラブルや嫌がらせや

とても書けないような大変な事がいくつも起きたものだ。

そんな寮を、

大学生になったばかりの若造らがいきなり数百人の浪人生と生活を共にし任されるのだ。

正直「マネジメント」の「マ」の字も無いハチャメチャさだった。

そんな400名の浪人生と、

それら浪人寮生を見守る8名のリーダー達含め寮全体を率いていたのが、

当時80歳近い年齢ながら現役で寮長を務めていた吉田事務長であった。

既に数十年の間寮長を勤め、

何千人という寮生や何十人という『リーダー』を育ててきた方である。

寮でどんなトラブルがあろうが

ましてや寮をまとめるハズのリーダー同士でどれだけイザコザが起ころうが、

常に暖かく取りまとめ、しかし時に凄まじいリーダーシップで

寮全体を取りまとめてくれたのが、吉田事務長だった。

当時、80歳前後であったのにもかかわらず。

そして、事務長は、年齢を感じさせない豪快さで

とにかく、飲み、語らい、とてつもなく「エネルギッシュばぁちゃん」でもあった。

そして、なにより、人間としての魅力が溢れ出ていた方であった。

若造の僕らのどんな失礼さや、ありえないような失敗すらも、

すべて包んでくれるように見守りつつ、影でしっかりと支えてくれていた。

僕らが「リーダー」を卒業し「中山寮」を離れても、

その生活の様子を気にしながら、時に支えてくれていた。

文字通り、すさまじいパワーと人としての温かみに溢れた方であった。

冗談ではないが、初めて寮を訪れ事務長に会った僕の母は

事務長に会った瞬間に思わず手を合わせてしまったほど。
(「まだホトケになってないわよ」と冗談で返すほど、ユーモアあふれる事務長であったのだけど)

その人生の恩師の事務長が、今日、2013年1月22日、

98年の人生に幕を閉じた。

思えば僕が事務長の下でリーダーを務めた4年間に

どれだけ人生の教えを学んだのだろう。

それも、事務長から一切「こうしろ」とか「ああすべき」とか言われずに。

ただ、事務長の背中を見て学んだのだ。

山本五十六の

「やって見せ、言って聞かせ、させてみて、 褒めてやらねば人は動かじ」

ではないが、

『やって見せ、(言わず聞かせずさせてみず、褒めはせずとも人を動かし」


というタイプであった。(無言の笑顔で褒められていたのだけど)。

同期でリーダーを努め、初期に僕と最も激しくケンカをしまくった山本良太が

後に無二の親友になり、共にサハラ砂漠250kmを完走する同志にもなったのも

お互いに吉田事務長の背中を見て成長できたから。

90代になっても、パワフルに酒を飲み

コケて骨折して入院しても回復し、

一人で僕らの飲み会にふらっと現れる程のバイタリティだったので、

僕らリーダーも「事務長なら、当然100歳まで」と少し甘えてしまっていたのかもしれない。

でも、人は、必ず、死を迎える。

事務長には1年少し前にお会いして以来ご無沙汰してしまっており、

実は2週間後にご挨拶に伺うコトが決まっていた。

もう少し早く伺えばと、後悔は消せないけれども、

でも、1年ちょっと前に会えた時だって

僕なりに「一期一会」の心持ちでお会いできたんだ。

その時だって事務長も

「(こんなに長く生きちゃってるけど)
こうして、リーダー達が訪ねてきてくれるのが、何より嬉しくって。ワタシの生きがい

と仰ってくれていた。

それだけで、十分ありがたい。

どれだけ、感謝を言っても尽きない。

その御礼は、

事務長が、その生き様を通して僕らに見せて遺してくれた「人としての生き方」を

僕らなりに学んだ上で、

事務長が旅だった後でも大事に育て紡いで行くことで

お返ししていこう。

吉田事務長、心より、ご冥福をお祈り致します。

そして、何より、事務長のおかげで僕はあるのだと、

今更ながら、強く強く感じております。

ほんとうに、ありがとうございました。

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