『死』から生まれた『新たな自分』


もうすぐ2012年が終わる
この1年で感じたコト、忘れたくないコトを、胸に刻み込んでおこう。
強引にまとめるならば、

『死』から生まれた『新たな自分』

思えば、様々なカタチの死に接した年だった。

ヒトは、必ず、死を迎える。

そして、本当に、

いつやってくるかわからない。


悲しく切ないけれど、そんな事実を、改めて痛感した年だった。

だからといって、どうすればいいのか。

いつか死ぬとはいえ、逆にいうと、ボクはいま生きているんだ。

奇蹟的に、何かの縁(えにし)で、生を授かっているのだ。
だからこそ、精一杯命を燃やして、今日という一日を全力で楽しまなきゃ。
そう、強く想った。

自分の死を意識すると、自分の過去を思い出す。

楽しかった思い出ばかりだけれど、
時に、憎んだり、怒りを感じたり、絶望したり、妬んだり。
いま思い返すと、消え去りたくなるくらい、
悲しかったり、申し訳なかったり、情けなかったりな自分もいた。

でも、悔やんだって、先は限られている。

そんな過去が積み重なって、今の自分があるんじゃないか。

「一生許せない」って思ったヤツもいたけれど、

オレだって、ヤツだって、未熟なコドモだったんだよ。

お互いに、いろいろ学んで今に至れたんじゃないか。
たぶん、ボクらの両親だって、じーちゃんばーちゃんだって、

そうやって大きくなってきたのだ。

そう思うと、いろんなコトが許せるようになった。

ただ、出会えたすべての人に

「いろいろあったけど、本当にありがとうね」

そう、伝えたくなった。

どんなカタチにせよ、それらの人に影響を受けて、
今のボクが育っていったのだから。

感謝を感じたら、素直に、すぐにちゃんと伝えなきゃ。

だって、死ぬ瞬間に
「オイ!アイツに、ありがとなって言えてないジャン!」
って悔やんだまま逝くのは、

たまらなく(´・д・`)ヤダ

今日初めて会う人や、たまたま乗ったタクシーの運ちゃんであっても、
会えてありがとう、乗せてもらってありがとう。
なんだか、そう感じ、伝えたくなってくる。
そんなこんなを、
さまざまな身近な死が、ボクに教えてくれた。

向き合いたくなかったハズの『死』から

これだけのことを学び、感じられるようになった

『新たな自分』

が、生まれている。

ありがとう。
これから、経験のない悲しみが、さらに増えていくだろう。
生きていくとは、たくさんの死を見ていくことだから。
自分の死も含めて。
そんな悲しみの中で
また、挫折したり、絶望したり、くよくよする時が訪れるのかも。
でも、ボクはこうして、少しだけ学べたじゃないか。
だから、大丈夫だよ。また、学んで、育っていけるハズ。
そうやって感謝し学びつつ、

いつ死がやってきても、

先祖や、先に逝った仲間に胸を張れるような一瞬を重ねて、生きていこう。
そして、

自分の存在が、

次の誰かの『新たな自分』に

紡がれうる時間を創っていこう。

アホほど長くなりましたが、
そう、改めて強く意識できた年でした。
これもひとえに、

先祖、家族、ヨメ、友人、先輩、

「他生の縁」で出会えた様々な方がいてこそと、強く感じております。

年齢、立場、共有した時間の多寡、

さらにはオン/オンラインにかかわらず、

出会えたすべての皆様にココロから感謝します。

そして、なにより、
次々とキケンな場所へのマラソンをポチポチしたり、
家に人を勝手にカムカム呼びまくって大勢で暑苦しく語らう飲みを何度もしたり、
こんだけ好き放題に生きさせてもらってるボクを
アクビしながら「テメー、マジぶっ殺す」と見守ってくれている
ヨメにSpecial Thanks絶えません。

祐美、ありがとうm(_ _)m。

2013年も、日々全力、学び、楽しみ、感謝をしながら、一歩ずつでも成長を重ねていこうと思います。

うっは、楽しみだ(・∀・)!!!

みなさま、ありがとうございます(`・ω・´)ゞ!
数年ぶりの夫婦旅行の旅先より。精一杯の誠意と感謝を込めて。

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