「自分のための仕事」から「誰かのための仕事」


2012年も、あと2日。

2012年は

北極点をフルマラソンしたり、

維新の志士も駆け抜けた萩往還道250kmを2晩寝ずに走ったり、

その2週後には、富士山ぐるっと一周山道156kmを2晩寝ずに走ったり、

南極を100km走ったり、

数年前には想像すらできなかった体験の連続。

客観的に見ると、

アホほど走り杉じゃね(´・ω・`)?

だけれども。

一方仕事でも、実に多くの出会いや刺激を得られ、なによりよい時間を過ごせた。

そういえば、

4年ほど前に独立して以来、仕事について語ることは

FacebookやTwitter、はたまた(あまり更新してない)このブログでも、

ほぼしなくなっている。

一年の締めくくりに、その理由を改めて自分なりに考えてみた。

それは、

「自分のための仕事」から「誰かのための仕事」

への変化が、強く生じてきたから。

だと、思う。

「今年はこんな結果だった」とか「頑張った」とか「苦労した」とか語ることは、

所詮は『自分が』どう感じたか、というだけのコト。

それは「自分の為の仕事」と、思う。

(それが良いか悪いか、という話ではなく、ボクの仕事感としてというお話です)

前職では、「モバイル・インターネットで世界をオモシロく」と

ビジョンを掲げつつも、実際にやっている仕事の多くは

「いかに売上、利益を伸ばすか」というコトに囚われすぎていた。

もちろん、多くの社員を抱え、ビジネスをしていくにおいて

売上や利益を稼いでいくのは大切なコト。

でも、どこかで「ビジョン」に向かうパワーを

「売上や利益」へとすり替えてしまっていた自分がいたように思う。

そしてもう一方で、

収入が増えていく喜びと自分のココロのバランスが取れずに

「収入を増やせる働き方」へもパワーが向かっていたように感じる。

本来やりたいビジョンと、実際に自分が動いている方向に、ズレができていた。

これは、長く続かない。

そもそもボクが仕事を通して実現したい『軸』は、

まだ見ぬサービスやマーケットや雇用や組織/チームやを生み出したりしながら、

『誰か』に新たな価値、経験、発見、感動、成長、などを提供するコト。

いわば、「誰かのための仕事」

コレは、大学院時代に初めて「iモード」端末をノーポチ購入して
※「ノーポチ」についての詳細は、コチラ

仲間らと「居酒屋検索サイト」とiモード用サイト作りをノーポチしたり、

ゼロからモバイル広告市場を立ち上げられると前職へノーポチ転職したり、

現在のベンチャー・キャピタルとして、投資家から預かったお金を増やしつつ

新たなサービスや市場を作りうるベンチャーを育て、

そこで共に働く仲間らと切磋琢磨し成長を目指すことも、

軸としては、一緒。

ただ、その都度ココロのままに走りだした軸へと自分が進むうちに、

別な軸に自分が支配されていったのだろうと思う。

自分をコントロールできる程のココロを、磨けてなかったから。

自分を本気で向かわせる覚悟を、まだ育てられてなかったから。


だから、気づけば「自分のための仕事」へとズレていったのだろう。

振り返って、そう思う。

以前の、「自分のための仕事」ばかりしていた時代なら、

ブログの内容も、「いかに自分が頑張ったか。成果を出したか」を

アピールしたがっていたし、

身にまとうモノや持つモノ(時計とか車とか)も

傍目から見て「イイの持ってるね」と分かりやすいブランド物ばかりだった。

「スゴいね」と言ってもらえる対象が、

「他人のための仕事」の成果ではなく、

「自分のための仕事」の成果(高いお給料や、それで手に入れられるモノ)

に頼っていたのだろう。

ちょーカッコ悪いじゃん、過去のオレ!!!(;・∀・)

あえて、過去のブログを消さないようにしているのも、

そんな過去の自分があっての今だから、という自戒から。

えぇ、ドMですとも(`・∀・´)!

そういや、車もすべて売っぱらったし、

時計はたくさんあったけど、

もはやランニング用しかする機会無いっけ。

今のマンションも、ろくに居ないクセに

頑張って夜景が綺麗な場所を借りているのも

「できる限り、我が家に人が来てもらって楽しんでもらいたい」

というキモチから。

ヨメからは

「週に30人規模のホームパーティ3回とか、オマエ、マジぶっ殺す」

と、応援されているのだが。

話を戻そう。

ボクが、仕事についてを書かなくなった理由。

ボクが目指す仕事が、「誰かのための仕事」である以上、

他の『誰か』が価値を感じなければ、いかに自分が「やった」と思っても、

それは単なる自己満足でしかなく、それを振りかざすのは、かえって醜い。

『誰かが、何か価値を感じた』ような成果がもし出せているとすれば、

自分で振りかざさずとも、それは自然に周囲で湧いてくるハズ。

逆にいうと、周りで何も囁かれない程度の成果だったのなら、

自分がいかに「頑張った」「苦労した」と思っても、

まだまだ大したことは無い(頑張れるハズ)なのだと、自分を戒めるようにしている。

思えば、「自分のための仕事」に縛られていた時は、

苦悩、嫉妬、後悔が多かったように思う。

「他人のための仕事」を意識し始めてからは、

苦悩は笑いに、嫉妬は感謝に、後悔は新たな目標に

少しずつだけど変化させていけている。
(ような希ガス)

もちろん、まだまだ、未熟だけれども。

そんなこんなを考えながら、

あと2日を残す2012年を、自分なりに棚卸してみました。

あと2日も、2013年も、楽しく走っていけそうだわい。

ありがとうございますm(_ _)m。

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