UTMB完走記 3:UTMF 〜 ラン人生にピリオドを


 

2012年。

日本にもの初めての100マイルトレイルレースが誕生する。

 

ウルトラトレイル・マウントフジ、UTMF

である。

 

まだ日本でUTMBの存在など、まるで知られてなかった時代から

日本人選手として参加し、毎回表彰台に立つ素晴らしいランナーである

鏑木さんが、長い年月をかけて実現した

ウルトラトレイル・デュ・モンブラン、UTMBの姉妹大会である。

 

そのUTMFは

富士山のまわりの山道を、ぐるっと1周156km

累積標高差は8,530m

制限時間は48時間

 

2晩連続で寝ないで160km近く走るのだけでもイミわかんないのに、

トータルで、登りだけで8,530mって……( ;∀;)

でも本家のUTMB目指すんだから、

姉妹分のUTMFはサクッと完走しなきゃね(;´∀`)」

 

ということで、運よく2012年のUTMFに参加する予定だったボクは

あろうことか、UTMFのたった2週間前に

250kmを48時間かけて、二晩寝ずにロード(+少しの山道)を走る

「萩往還100マラニック」

に参加し、完走していたのだった。

 

萩往還は、その長い距離以上にツラいのが

睡魔との闘い。

一晩目に一睡もせずに夜を超えるまでは

なんとか集中力で眠気も吹っ飛ばせるのだが、

二度目の闇が訪れてからは、

ゴールへの強い意思も、応援の声も、

めっさ濃いコーヒーすらも、

全てが睡魔に吹っ飛ばされる

 

眠くなり、身体がいうことが効かなくなり

走れなくなることで身体が冷え、

そこに風雨が重なると

 

「ボク、もう何だか疲れちったよ、パトラッシュ(´・д・`)」

状態に引きずり込まれる。

 

その反省を活かして、

とはいえ2週間しか間があかずに迎えたUTMFは

コテンパンに打ちのめされたレースだった。

 

ドが付くポジティブな自分が、

UTMFレース中のあまりのツラさに

何度も舌打ちをし、ため息を漏らしながら

 

「もしこのレースを終えることができたら、

ラン人生にピリオドを打ってすらいい」

 

と打ちのめされながら、

最後に猛烈ダッシュで復活し、

なんとか33時間55分でゴールに辿り着いた。

 

レース後

白髪がどっと増えている、鏡に映る自分を見た時の衝撃は忘れない(`・ω・´)

 

 

アレ(・・???

そういや、なんでオレまだ、ラン人生続けてるんだっけか(;・∀・)?

 

 

ま、いっか(;´∀`)。

完走後のビール、美味しいし。

 

そう、そんなUTMFの親玉がUTMBなのだ。

UTMBでは一体、どうなるというのだ。

アタマ、真っ白けになっちゃうんじゃないか。

 

とはいえ、UTMFだってやれたんだ。

「もうダメだ」と泣きそうになっても

耐え続けていれば、身体のどこからか

信じられないようなパワーが沸き上がってくる瞬間があるのだ。

 

そんな体験を、これまでのタフなレースで何度も経験しているじゃないか。

 

そうだ、UTMBだって、きっとそんな連続を何度も乗り越えることになるのだろう。

オッカナイよ(; ・`д・´)!!

つづく

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